第3-10話 ユタに謝罪させたい
ユタが犯人だと分かった、その次の日辺りから、母親の体調が悪化した。見るからに具合の悪そうな様子の母親に、ユタに付き合ってほしいと頼まれた。断ることはできなかった。
そうして私は、砂や石が溶けたことに関する依頼を、ユタを連れてすべて解消し、各所に謝罪させた。かれこれ、一月ほどかかったが、奇跡的に、死者も、怪我人も出ておらず、無事に終えられた。
──日が低い位置から部屋に射し込む。朝でも涼しいとは感じられなくなってきた、今日この頃。今日は久しぶりに予定のない休日だ。
私はポストに届いた手紙を見る。れなからの手紙だ。毎日毎日、よく続けられるものだ。
「何か届いてた?」
「いつものだけね」
珍しく丁寧に封筒に入れられていたことと、休日であり、時間に余裕もあったことから、私はそのまま、中身を確認する。
「なんて書いてあるのー?」
「まなちゃー、元気してる? うんうんそっか! 元気そうで何より! ──破り捨てていいかしら」
「一応最後まで読んであげたら? そういう約束だし」
言われた通り、私は最後まで読むことにした。中身のない手紙ばかり届くけれど、今日は違うような気がした。
「どうだった?」
「──ユタのお母さんを助けるには、ミーザスの一番高い山の頂上にある、チア草を採ってくるしかない──みたいなことが書いてあるわ。内容としてはそれだけね」
手紙は二枚綴りになっていて、余計なことばかり書かれていた。チア草は、伝説草とも呼ばれており、あらゆる病気を治すことができるらしい。
「ユタのお母さん、もともと体が弱いらしいし。このままだと、本当にいつか、倒れるんじゃないかしら。──風邪とはいえ、ここまで長引くと、さすがに心配だわ」
「まな、それ、信じるの?」
「……まあ、外れたことはないから」
れなの言葉だ。信じない理由がない。
それに、れなの書きぶりから、このままだと、彼女が死んでしまう、と言われているように感じられた。
「ミーザスで一番高い山って言ったら、チアリタンよね」
「有名なの?」
「半年前、一緒に登ったでしょ。もう忘れたの?」
「あー、ボサボサ山のこと?」
「──それ、木がたくさんあるって言いたいわけ?」
「そうそう、それそれ」
山なんて、わりとボサボサじゃないだろうか。それはともかく。
ルスファで一番高いとはいえ、チアリタン自体はそんなに危険な山ではない。山道が整備されており、初心者でも安全に登れる。ただ、問題は別のところにあった。
「チアリターナがいるのよね……」
「何それ?」
「チアリタンの洞窟に棲んでるドラゴン。すごく怖いって噂」
「よくそんな山に登ったね?」
「まあ、旅なんてそんなもん──」
そのとき、扉が乱暴にノックされ、返事の前にドアがガタガタと音を立てる。鍵に加えて、南京錠を二つ追加したので、そう簡単には開けられまい。
「まな、助けて!」
「仕方ないわね……ぐえっ」
声に鬼気迫るものを感じ、私はすぐに鍵を開けた。瞬間、扉が外から開かれて、顔面に直撃した。
「あ。ご、ごめんなさい……」
「謝ればなんでも済むと思ってんじゃないわよ……。それで、何の用、ユタ?」
「いいから、急いで!」
小さな手に引かれ、私は下の階に降りる。そして、私の下の部屋──ユタとその母親が住む部屋に案内される。
「もしかして、お母さんに何かあったの?」
「そう! だから早く!」
「それを先に言いなさいよ!」
元は風邪でも、容態が急変した可能性もある。
案内されるまま部屋に入ると、玄関でユタの母親は倒れていた。
「もしもし、お母さん!? ──意識がないわね。それに、すごい熱……」
「ねえ、ママ、死んじゃうの?」
「救急車を呼びましょう」
私には救急車を呼ぶ手立てもない。魔法もスマホもないからだ。それに──と、あれこれ考えるより先に、私はロビーにいるル爺のもとに走る。今日は朝からここにいるはずだ。
──なぜ、ユタは先にル爺を頼らなかったのだろうか。
「ル爺! ユタのお母さんが、倒れてるの! 病院に運んで!」
ル爺は私とユタの顔を見て、次に階段の方を見る。すると、まるで呼び出されたようなタイミングで、上階から降りてきたのは、あかりだった。
「僕が連れていくよ」
「ええ、お願い。急いで」
私は、目に涙を溜めるユタの頭を撫で、その手を強く握る。あかりはユタの母親を魔法で浮かせると、空へと飛び上がり、病院の方角に真っ直ぐ進んでいった。
「ル爺、車って、持ってる?」
「いえそ。乗っちかびゅ?」
「ええ、お願い」
私とユタはル爺に運転してもらう。空が飛べるようになって、道路の渋滞は緩和された。後から、ル爺の年齢と身長のことが気になったが、このときには、そんな余裕はなかった。
「うっ、うぅ……」
「大丈夫、大丈夫だから」
小さな体を抱きしめて、その背をさすり、自分自身も落ち着かせる。
……考えすぎだろうか。しかし──、
「まなちゃん、大丈夫?」
その声に、私は寝顔に水をかけられたように驚き、意識の在りかをはっきりさせる。一体、どれくらいの時間が経過したのか。
「ユタのお母さんは……」
「相当無理してたみたいだけど、今は落ち着いてる。でも、もう、いつ亡くなってもおかしくないって。一人で歩くのも無理みたい」
「──そう。ずいぶんと、急な話ね」
私はずっと抱き締めていたユタを解放し、その頭を撫でる。純黒の髪が艶々としていた。
「まなちゃんってさ、本当にお人好しだよね」
「え?」
「だって、普通、他人の親のためにそこまで悩んだりできないって。あ、ユタくんは人じゃないから、えーっと」
「──そういう細かいところは気にするのね。別に他人でいいのよ。人間も魔族もヒトだから」
「そっか。人間も魔族もたいして変わんないしね」
私はその発言に、少しだけ驚く。
「ん、どうしたの、そんなに驚いて?」
「そこまで驚いてないと思うけど。──たいして変わんない、ね」
ほとんどの人間は、魔族に対して良い感情を持っていない。今は停戦状態だが、またいつ、戦争が始まるか、分かったものではない。平和なのは表面だけだ。
しかし、王都に行くときにも思ったが、あかりは偏見がなさすぎる。
「あー、僕、そういう難しい話、よく分かんないからさ」
「そういう問題じゃないでしょ。魔族に対する偏見なんて、子どもでも持ってるわ。それこそ、ユタだって、自分がどんな目で見られてるのか、理解してるはずよ」
人間の世界に伝わるおとぎ話のほとんどは、魔族が悪の象徴として描かれている。命の石でも、命の石をマグマに隠したのも、場所を教えたのも魔族だとされている。だから、魔族の私は、一度も読んだことがなかった。ちなみに、モンスターも魔族の一種であり、悪者として書かれることが多い。
「まあ、教育者が良かったってことで」
「……そういうことにしておきましょう。それで、あたしがお人好しだって話だっけ?」
「うん、そう」
「それは大きな間違いね。あたしにはあたしなりの考えがあるってだけ」
「その考えって?」
私は瞑目し、側で眠るユタの頬を伝う涙を拭う。怖い夢でも見ているのだろうか。ともかく、寝ていることだけはしっかりと確認しておいた。
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