第3-9話 叱ってあげたい

 それからユタザバンエは、観念したように、ぽつぽつと話し始めた。


「つまり、お母さんの病気を治してあげたいんだ?」

「うん……」

「ユタさんは優しいですね」

「は? 優しくねーし!」

「反抗期には早すぎると思うんだけど。もう少し、素直になったら?」

「うるせー! ちび!」

「元に戻してあげないわよ」

「え? 戻せ! 戻せよ! 戻してって! ねえ!」

「ごめんなさい、お願いします、って言ったら戻してあげるわ」

「うわあ、大人げない……」


 蜂歌祭であかりに思ったことをそっくりそのまま返された。とはいえ、なんと言われようと、私はこういう子どもが嫌いなのだ。優しくしようとか、手加減しようとは、一切、思わない。


「ご、ごめんなさい。……お願いします」

「はあ、仕方ないわね」

「悪い顔ですね、まなさん」


 そうして、私が手を離すと、


「引っかかったな! 食らえ、シャイニングファイヤー!」


 すぐに、ユタが私に向けて魔法を放ち、青白い輝きが、私の全身を包んだ。相当高温でないと、こうはならないだろう。実力は本物らしい。


 ──まあ、私には効かないけれど。


「嘘だろ!? オレのシャイニングファイヤーが効かない!?」


 見ると、部屋中丸焦げで、近くにあったガラスの机は原型を留めていなかった。マナとあかりはシールドでも張ったのか、無傷のようだ。まゆは、まあ、いつも通りだ。


 だが、笑って見過ごせるような状況ではない。


「こら!」

「な、なんだよ、急に……」

「あんたにとっては遊びのつもりでも、相手にとってはそれじゃあ済まないときもあるの。あんたが砂や石を溶かしたせいで、一体どれだけの人が迷惑をかけられたと思ってるの?」

「し、知らねーし!」

「知らないじゃ済まされないの、ユタ。あんたは、次期魔王なの。確かに、それはすごいことよ。でも、使い方を間違えれば、人を傷つけることもある。魔法の本質は破壊なの。戦うために作られた力とも言われてるくらいにね」

「お前に言われる筋合いねーし! うるせー! なんでお前に言われないといけないんだよ、このちび!」


 私はそれに、本当の答えを返すことができず、言葉をつまらせる。その代わりに、こちらも本当の、しかし、別の答えを返すことにする。


「……あんたが人を傷つけたら、一番悲しむのは、あんたのお母さんでしょ。お母さんを泣かせてもいいの?」

「そ、それは……」


 そのとき、半分程度焦げてなくなった扉がノックされる。姿は半分ほど見えているが、一応、配慮してくれたらしい。


「どうぞ、そのままお入りください」


 マナの返事で、扉は外から開かれる。そこには、輝く白髪を持った、緑の瞳の女性が立っていた。太陽に照らされた葉のようにきらめく瞳に、私は釘付けになる。


 女性は口元を抑え、咳をしながら部屋を見渡して、


「うちの息子が、大変、ご迷惑をおかけして、申し訳ありません」


 そう、頭を下げ、ユタの元までやってくる。


「ユタ。謝りなさい」

「だって、このちびが……」

「謝りなさい」

「……ごめんなさい」


 ユタザバンエは口を尖らせながら、ぼそっと言った。


「え? 何? 全然聞こえないけど?」

「わお、大人げない……」


 またしても、あかりに何か言われたが、知ったことではない。そう挑発されたユタは、大きく息を吸い込み、


「ごめんなさい! これでいい!?」


 一音一音、はっきり発声した。やけくそな感じだった。誠意が感じられないが、まあ、こんなものだろう。


「それは部屋をこんなんにしたことに対して? それとも、あたしをちびって言ったことに対して?」

「うぜー! うるせー! 嫌い!」

「嫌いで結構」

「くっそぉ……! 覚えとけ! 今日は帰る!」


 そう言い残して、ユタザバンエは階段を降りていった。まあ、帰るといっても、どうせ下の階なのだが。


「すみません……」

「お気になさらず。子どもなんて、うるさいものですから」

「それに、このくらい、一瞬で元に戻せますから」


 マナが指を鳴らすと、黒こげの壁も、溶けたガラスの机も元通りになった。そして、ちゃっかり、部屋もきれいに片づけていた。魔法でできるのなら、私たちが手伝う必要はあったのだろうか。


「ありがとうございます、ごほっ。最近、ユタが私に隠れて何かしているみたいで。私がちゃんと見てあげられればいいのですが……ごほっごほっ!」


 私は座り込むユタの母親の背をさする。病気と言っていたが、一体どこが悪いのだろうか。心配だ。


「まなさん、ですよね?」

「え、ええ、そうですけど……」


 母は私の頬に手を当て、私の顔をじっと見つめる。その瞳から目を反らせずに、私はまるで、魔法にかけられたように硬直する。しばらく経っても、離れる気配はまるでなかった。


「あの……?」

「あ、すみません。可愛らしくて、つい」


 私は立ち上がって女性の手を取り、引き上げる。


「まなさん。ユタのこと、よろしくお願いしますね」

「えっと……あの」

「どうしました?」


 真っ直ぐに見つめられて、私は続く言葉を飲み込む。「どうして私に」と。それだけ尋ねたかったのだが、どういうわけか、聞けなくなってしまった。そして、私は代わりの言葉を紡ぐ。


「……いいえ。ただ、ユタが何をしていたか、報告しておこうかと」

「はい。私も今、聞こうと思っていました」


 そうして、私はこれまであった被害について語った。あれだけの砂を溶かせる魔法使いとなれば、数が限られてくる。そのため、すべてユタの仕業だと考えて、間違いないだろう。


「そうですか。皆さんにも、ご迷惑をおかけしました。後で、改めて謝罪させます。こほっ」

「それで、体の方は大丈夫なんですか?」

「まあ……ただの風邪です。少し、こじらせてしまって」

「それなら、いいんですけど──」


 会話を終えて、部屋へと戻り、今日やる予定だったすべてのことを終えて、私はベッドに横になる。


「結局、命の石は見つからなかったみたいね」

「ねーねー、まなー。なんでユタくん、この近くにあるって思ったのかなー?」

「さあ? 興味ないわ」

「本当にまなって、まなだよね」

「どういう意味よ」

「そうやってすぐに怒るところとか」

「なんですって?」


 まゆはにへらと笑う。いつものやり取りというやつだ。言葉ほど怒ってはいない。


「それにしても、まさか、ユタくんが次期魔王だなんてねー」

「世の中って、本当に分からないものね」


 私は二段ベッドの裏の木組みを見ながら、欠伸をする。今日はもう遅い。注意はしたし、母親にも報告したので、私がやることは特にない。指輪もちゃんと元の箱にしまったし。


「ねえねえ、まな。もし、あの指輪が命の石だったら、どうしてたの?」

「壊してたわ」

「迷いがないねー」

「そういうお姉ちゃんこそ、どうしてたの?」

「んー、眺めてー、綺麗だなーってなってた!」

「あはは。お姉ちゃんらしいわね」


 私は再び欠伸をして、まぶたが重いのを感じる。そろそろ、眠る時間だ。


「おやすみ、まゆみ。また明日ね」

「うん。おやすみ、まな」


 私は服の上から右腕をそっとなぞり、眠りについた。


***


 琥珀色の髪を月光で濡らし、漆黒の瞳に星の輝きを映して、少年は思念伝達で会話をしていた。


「──ユタくんに、命の石がノアにあるって、教えたでしょ?」

「だったら、どうした?」

「勝手に教えないでくれる? これ、僕の石なんだからさ」


 琥珀髪の少年は、手のひらに青く波打つ石を、月光に照らし、不満をわざと顔に表す。相手に顔が見えるわけではないが、単なる癖だ。


「ああ、すまないな。聞かれたので、つい」


 声色から、反省の色が窺えない。だが、反省させることは無理だろう。諦めるしかない。


「しかし、お前が、まさか、そこまであの女に執着しているとは──」

「信じられない? ま、別に信じなくてもいいけどさ。これ、手に入れるの、めちゃくちゃ大変だったんだよねえ……」


 しかし、それも、目的のためと思えばこそ。今では思い出の一つに過ぎない。


「それで、今日は何の用だ?」

「いや、別に? どうせ全部見てたでしょ?」

「まあ、その通りだが──」

「うん。だから、文句言いたかっただけ。それじゃ」


 少年は一方的に通信を切ると、意識を吸い寄せられるようにして、手中の命の石をじっと眺める。見ていると、その波面に思い出が映し出されるような気がしてくる。命の石には魔力を込められないため、映像を保存するのは不可能だけれど。


「そろそろ戻ろうかな」


 あまり、人前に出したいものではない。やり方次第では、一生暮らすのに困らない資金が手に入る。それほどに、命の石の価値は高い。


「不老不死、ねえ──」


 空間に歪みを生じさせ、その中に石をしまう。彼以外には取り出せない。そこが、一番、安全だ。


「明日も早いし、もう寝よーっと」


 照明を消して、榎下朱里は眠りについた。

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