第2-52話 爆弾を解除したい
そうして、数時間ほど作業を続けていると、爆弾をあまり見かけなくなってきた。家の捜索や訪問は別のところがやっているし、屋台に関しても、私たち以外に対応している人もいる。もしかしたら、屋台にいる人たちは一通り、取り除き終わったのかもしれない。
「でもさ、本当にこれだけだと思う?」
「これだけって?」
「だってさ、魔法爆弾の威力なんて、たかだか知れてるじゃん? それに、解除するのも別に難しくないし」
確かに、 魔法爆弾の範囲はせいぜい、自分と隣り合う人くらいだ。それでもこの人混みでは十分、効果を発揮するが、
「他にもあるかもしれないわね……」
私は先の爆発事件を思い出す。犯人はどうやって爆発させたのだったか。
「──確か、子どもに背負わせてたわ。リュックに爆弾を詰めて」
「子ども?」
この人混みでは、いくら親が見ているとはいえ、迷子になる子も少なからずいるだろう。
「迷子になった子がいないか、見に行きましょう」
私は少しだけ申し訳なく思いながら、あかりの魔法で人々の頭上を飛行する。そして、兵士たちにこの事について伝える。すでに、迷子は五人いるらしい。
案内を受け、迷子が集められているテントに入り、怪しいものがないか、確認させてもらう。
「ってあれ、ユタくんじゃん。どうしたの、こんなとこで?」
そうあかりが少年に話しかける。黒髪に特徴的な赤の瞳。間違いなく魔族だ。なにせ、幼いので、まだ尻尾と角が隠しきれていない。
「うるせー、話しかけんな!」
ユタと呼ばれた少年は、あかりに反発するようにそう叫んだ。だが、あかりの顔に驚きはない。おそらく、慣れているのだろう。
「え、ユタくん、もしかして、迷子なの?」
あかりがおかしくて仕方ないといった様子で、嘲笑しながらそう尋ねる。大人げない。
「余は迷子じゃない! お父様とママが迷子になったんだ!」
「どっちにしろ、はぐれてるじゃん?」
「ちーがーう!」
「あかり、その辺にして。早く探すわよ」
「はいはい、じゃあね、ユタくん。お父さんとお母さん、見つかるといいね」
「だーかーらー──!」
私は子どもたちの荷物を確認させてもらう。私が見ても、特に、怪しいものはなかった。
「迷子になった子が、全員ここに来られるわけじゃないわよね」
「探しに行く?」
「ええ。上から確認してみましょう」
そうして、上空から迷子を探し、片っ端から声をかけて、持っている荷物を確認した。しかし、爆弾は一向に見当たらない。上空からでは、大人に挟まれている子を見落としている可能性もある。その上、迷子かどうか、判断するのは難しい。加えて、犯人に親のふりでもされていたら、お手上げだ。
「本番まで、後、一時間もないわよ……!」
一旦、地に足をつけて考える。王都に被害を出そうと考えれば、それなりの大きさの爆弾を使うはずだ。それならば、大きいリュックでないといけない。それに、爆弾が一つとも限らない。
──と、そのとき、目の前を全身黒で固めた人物が通っていった。その手には子どもが連れられていたが、祭だというのに、どこか不安げな表情をしており、さらに、背丈に合わない大きなリュックが背負わされていた。
「見つけたっ!」
「ちょっと、まなちゃん!?」
「お姉ちゃんをお願い!」
私は背中ですやすやと眠るまゆを、近くの壁にもたれかからせ、人混みの中に体をねじ込んで、揉みくちゃにされながら、犯人を追う。指輪のときは追いつけなかったが、
「今度は、逃がすわけにはいかないのよ……!」
今から屋台を一周もしないうちに、蜂歌祭の本番、ボイスネクターを作る儀式が始まる。歌を聞くことを、マナに約束したのだ。それまでに、捕まえなければならない。だから、なんとしてでも、見失うわけにはいかない。
「お願い! そこの人、捕まえて!」
私は人混みの中で、精一杯、大声を出した。聞く耳を持たない者も多数いたが、何人かには、しっかりと届いた。
「そこの全身黒い服の人!」
数人の視線がチラリとそちらへ向く。追われる本人も気がついたようで、焦燥の色をうかがわせる。しかし、誰も動こうとはしない。あと少し、手が届かない。
「──その子が背負ってる鞄に、爆弾が入ってるの!」
──言ってしまった。
爆弾という単語を聞いた途端、人々の流れが変わる。アルタカでは、人もまばらで大した騒ぎにもならなかったが、ここは密集していて、自由に動くこともできない。自分の意思で逃げようと思っても、逃げられない。恐怖が伝播する速度も、比べ物にならない。
パニックになるのに、そう時間はかからなかった。
「ちょ、ちょっと、慌てないで!」
流れに逆らおうとする者、無理やり逃れようとする者、立ち止まる者。規則正しい流れは乱れ、人を踏みつけても気づかないくらいの恐怖に飲み込まれる。幸い、犯人がこちらに流されてきて、私は子どもとリュックを回収できたけれど。犯人の大人の方はどこかへと行ってしまった。
しかし、爆弾を解除するにしても、これだけの騒ぎになってしまってはどうしようもない。外の通りに抜けるにも、自分の意思で動くことは不可能だ。人波に押し潰される。体が意図しない方向に持っていかれる。転びそうになる。このまま、転んだり、壁際に押しつけられたりしたら、ただでは済まないだろう。命の危険を間近に感じて、ただ、ひたすらに、怖い。
そのとき、琥珀色の長髪が視界に映った。そして、
「まなちゃん、掴まって!」
肩掛け鞄が宙に浮くのが見えて、私はその紐を掴み、上へと逃げる。流れから連れ出され、気がつくと、どこかの屋根に避難させられていた。まゆの姿は見失ってしまったが──きっと大丈夫だろう。
「ありがとう。それから、皆が怪我しないように魔法で抑制してて」
「うん。どういたしまして」
あかりは、流れに向かって魔法を放っていた。上手く人並みを制御している。器用なものだ。
その間に、私は子どものリュックを開ける。お面やおもちゃなど、屋台で獲得できる景品で隠されてはいたが、底に硬い感触を得た。私はそれを掴んで、引き上げる。
「──これは」
アルタカで見たものと同じ見た目をしていた。
「やっぱり爆弾、あったんだ……。まなちゃん、爆弾の解除なんてできるの?」
「本当は専門の人にやってもらった方がいいけれど……あと、十分。流暢にしてる暇はないわね」
私は、今にも泣き出しそうな子どもの頭を撫で、
「後で保護者の方を一緒に探してあげるから。そう心配しなくても大丈夫よ」
そう声をかけた。とはいえ、時間は限られている。十分で解除することが、果たして可能なのだろうか。
どちらにせよ、悩んでいる時間はない。私は肩掛け鞄の中から工具を取り出し、爆弾の蓋を開けた。
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