第2-46話 爆発の犯人捜しに協力したい

 マナの部屋に戻り、私は窓から外を眺める。トレリアンの灯りは基本的に日の光だ。夜になれば月の光以外は消え、夜空には数えきれないほどの星が浮かぶ。


 ここを中心に都市が発展している様子は壮観だ。ここより高い建物もなく、眺めもいい。壁の向こう側はあまり見えないけれど、王都の中で、私たちが一番、空に近いところにいる。


「それで? 何か言いたいことがあるんでしょ?」


 マナはただ、──知っています。とだけ、書いた紙を渡し、私が肌身離さず持っている肩掛け鞄を指差した。確かに、その中には、彼女の声が入っている。


「いつから?」


 ──ずっと前からです。


「最初から知ってたわけね。まあ、なんと言われようと、返すつもりはないから」


 力ずくで取り返そうと、マナは私が身に付けている鞄に手を伸ばす。


「触らない方がいいわ。普通の人が開けようとすると、頭がおかしくなる毒が塗ってあるから」


 マナには、それが事実かどうか、判別はつかないだろう。それでも、彼女は手を引っ込めた。代わりに、目で訴えてくる。


「渡さないわよ。ハニーナと話がついたとしても、まだ犯人が分かってないんだから。歌ってるときに狙われるかもしれないでしょ?」


 黄色の眼光に気圧されそうになりながら、私は自分の意志を貫く。自分が頑固だという自覚はある。ちょっとやそっとのことでは折れない自信もある。


 と、そのとき、マナが何かに気がついたように、わずかに目を見開いた。その視線の先には、私の手──正確には、親指にはめられた指輪があった。


「これがどうかした?」


 私は鞄をマナから遠ざけ、指を差し出す。マナは私の指から指輪を引き抜き、自身の細い人差し指にはめて、魔力を込める。


 瞬間、景色は見覚えのある、宿舎の部屋へと変化した。だが、絵の具で書いた絵に水を垂らした時のように、景色が滲んでいる。


「すごく見にくいけれど、これ、宿舎よね? 撮ったのは外だったはずだけど……」


 ──実は、その前から撮っていました。


「何それ、聞いてないわよ……?」


 ──言っていませんから。


 しかし、滲みすぎていて、ほとんど何も見えない。


「割れてるから……?」


 私の独り言のような問いかけに、マナが指を差した。その方向には、そこだけ景色をハサミで切り取ったかのように、何もない闇が一筋あった。おそらく、それが指輪の割れ目なのだろう。音も、水中から外の声を聞いているかのようによく聞こえないが、これは、割れたからというわけではないらしい。そのとき、マナが再生を止め、私の指に指輪をはめ直した。


「なんでこんな風になってるわけ?」


 ──魔力を込めすぎると、こうなります。まれに見られる現象です。


「あたしは何もしてな──」


 思い出した。先刻まで、この指輪は盗まれていたのだと。


「今朝、取り返すまで、盗まれてたの、この指輪。屋台に出されてて、他にも盗まれた宝石があって……。協力者がいるって話になって」


 ──私の身内に協力者がいるかどうかはともかく、その方が実行犯である可能性は高いですね。


「ってことは、この指輪が爆弾だったってことよね?」


 マナは首の動きで肯定する。


 ──今は安全ですよ。


 私が触ったことにより、魔力が非活性になり、安全なものになったのだろうが、


「屋台で宝石をすくった人は……。それに──宝石を返すよう、兵士に頼んだわ」


 それは、爆弾の配布となんら変わらない。宝石を返すのを止めさせなければ──。そうして、私が飛び出そうとすると、マナに右腕を掴まれ、ベッドに座らされた。


 ──あかりさんに連絡させてください。


 仕方ないので、待つことにする。念話とは、一体、どこまで届くものなのだろうか。私には、マナが何を話しているか分からないため、待っている時間がじれったい。


「終わった?」


 すると、マナは私の腕を掴んだまま、太ももの上で文字を書く。


 ──犯人捜しは、私たちの仕事ではありません。エトスにも報告しておきました。国中の兵士たちが動き出すでしょう。


 それに、私は顔をしかめる。やけに時間がかかっていると思ったら、他のところにも連絡していたというわけだ。そして、それが意味するのは、


「あんたとあたしは、何もしないってこと?」


 ──まなさんが声を返してくださるのなら、協力してさしあげてもいいですよ?


「あんたね……」


 しかるべき措置は終わっているのだが、困っている人がいるのに、何もしないというのは、気分が悪い。そのため、私は脱出する方法を考えていた。──もちろん、声との交換以外で。

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