第2-41話 声を隠したい

 重厚な扉を兵士二人に開けられて、私たちは中に入る。


 女王と代理王、あかり、それから、トイスと赤髪に黄色の瞳の女性の五人が、そこにはいた。兵士はいないらしく、極力人を省いたと推察される。


「ふー、助かった……」


 エトスの鋭い視線から逃れるようにして、走り来るあかりを視界に入れつつ、私はマナの代わりに尋ねる。


「それで、用件って何ですか?」


 先日、不当に投獄されているので、どうも、代理王を敬おうという気になれない。自然と口調も荒っぽくなる。


 玉座から立ち上がると、エトスはこちらまで歩いてきて、一枚の紙をマナに手渡した。それをマナに差し出されて見ると、そこには、マナ・クラン・ゴールスファ、とだけ書かれていた。正確には、手書きではなく、機械で打ったような文字だ。筆跡は分からない。


 すると、紙の一部が燃え始め、文章を象った。マナが触れることでしか読めないようになっていたのだろう。


「なんと書かれている」

「アス、ホウカサイでウタえ。さもなくば、トレリアンをバクハする……これ、脅迫状じゃない」


 読み終わると、炎が急速に燃え広がった。マナはそれを咄嗟に手放す。


「……っ!」


 脅迫状は炎に包まれ、灰すら残さず、跡形もなく消えた。それを持って読んでいたマナの、手と頬の一部が、赤くただれている。


「マナ、大丈夫!?」


 あかりがいち早く気遣う様子を見せると、マナは手のひらと顔をこちらに向け、魔法で治したということを伝えた。


 それにしても、魔法ですぐに治るような怪我だったとはいえ、悪質だ。そして、私はすぐに、ある可能性に思い至る。


「もしかして、昨日の爆発事件と同じ犯人……?」

「おそらくな。さしずめ、先日の爆発は、この紙切れの信憑性を高めるための余興といったところか。ふざけた話だ」


 代理王はやけに、落ち着いているように見えた。内心は荒れ狂っているのかもしれないが、他の面々にしても、感情を抑制していた。ここで怒りを露にしても、仕方ないと分かっているからだろうか。


 ──ただ一人を除いて。


「はぁああ!? 何それ!? 最初から、マナを狙ってたってこと? 絶対に許せないんだけど、ねえ!」


 あかりだけが、ピーキャーと騒ぎ、顔を真っ赤にして怒っていた。全員が感情を押し殺し、沈黙を保とうとする中で、本当に空気の読めないやつだ。しかし、それを見ていたマナの表情は、少しだけ和らいだような気がした。


「ぐえっ!?」


 ──瞬間、あかりは床に叩き伏せられていたけれど。もちろん、マナの手によって。速すぎてよく見えなかった。


「マナを表に出せば、敵は確実に危害を加えようとするだろう。少しのリスクも追うべきではない。国民の安全性も考慮して、祭は中止にするべきだ」


 代理王の言葉に続いて、赤髪の女性が口を開く。


「私も同感です。妹を危険にさらすような真似はできません。それに、声が出ないのでしょう? それなら、なおさら、国民の前に姿を表すべきではないかと」


 すると、トイスが遠慮がちに手を挙げる。兄と姉の咎めるような視線を受け、なおも、訴えたいことがあると、女王である母に、訴えていた。女王は微笑を湛えて、うなずいた。


「俺は、姉さんには、祭に出てほしいと思っている」

「トイス、あなた──!」


 話を遮ろうとする赤髪の女性を、女王は手で制止する。


「続けて」

「──本来なら、やるはずの祭を中止にしろという内容の脅迫状が来るのが普通だ。でも、さっきの紙は、その逆だった。おかしくないか? まるで、姉さんが歌えないことを知っているみたいだ」


 その違和感には、私も思い至っていた。これだと、歌がすごく聞きたい人、みたいになっている。あかりは「どゆこと?」と首を傾げているが、おそらく、彼以外は気がついていただろう。


「そもそも、マナがこの国にいることを知ってる時点でおかしいわ。マナは誘拐されて、秘密裏にここまで連れてこられた。本来なら明日、祭の中でマナが女王に即位したことを知らせる予定だったんでしょうけど、それはできなくなった。だから、城にマナへの嫌がらせもかねた脅迫状を送ってくる時点で、分かることがある。──ここの関係者が犯人、もしくは、協力しているんでしょうね。この場所への盗聴や盗撮、そして侵入がいかに難しいかは、身を持って体験したわ。昨日の騒ぎに乗じて侵入された可能性も考えられるけれど、そのときに騒ぎが起こることまで予想できたはずがないから、まずないと考えていいでしょうね」

「その上、声が出なくなったことも知っているとなれば、かなり限られてくる。姉さんの声が出なくなったのは、ついさっきだ。俺たちは知っているが、使用人たちはまだ知らない。姉さんたちが誰かに言ったとすれば別だけどな」


 私が思い出そうとしていると、マナが、セレーネとルナの名前を紙に記した。そういえば、部屋から出るときに言ったのだったと思い出す。


「あの二人は誰とも会わないだろうし、他に言いふらしたってことはなさそうね」


 私とあかり、それから、マナ本人を除くと、容疑者は六人。しかも、全員、城の人間で、半数以上が王族だ。


「犯人が身内にいるなんて、考えたくない。だから、姉さんに祭に出てもらう。そこで何も起こらなければ、何かの間違いだったと、そう分かる」

「安心するためだけに、マナを人質にするのです? ただでさえ、私たちはモンスター避けの囮のようなものなのですよ? それに、国民を危険にさらすことにもなり得ます。トイスは、それがいかに危険か分かっていないのです!」

「十分、分かっている、モノカ姉さん。だが、祭を中止にすることは、国民の期待を裏切ることになる。それに、姉さんだって──」

「いいえ。分かっていません!」

「二人とも、落ち着きなさい」


 女王が間に入って、二人を止める。トイスはここにいる全員を信じていると言いたかったのだろう。だが、モノカという女性には、マナや国民の命を軽んじているように感じられたらしい。きっと、どちらも間違ってはいないのだろう。


 他人事のように眺めていると、女王の視線が私を捉えていることに気がつく。次第に他の視線も集まってきた。だから、私は尋ねられる前に答える。


「あたしはどっちでもいいです。歌うか歌わないかなんてマナが決めることだし。でも、国民の期待と爆発のことがある限り、マナは歌うっていうと思いますよ。声が出なくてもね。それを止められるなら止めてみなさいよ。あたしは無理だと思いますけど?」


 すると、マナに体重をかけられ、背を縮められる。あかりやレックス、それからトイスが味方をするのだ。マナ自身の強さも含めて、誰がマナを止められよう。まあ、声を持っているのは私なのだけれど。


「こればかりは、マナの気持ちだけで決められる問題じゃない。命がかかっているのだからな」


 それも、エトスの言う通りだ。これは、マナの意思とマナの命を天秤にかけた選択。私は命の方が重いと、そう思う。だから、本当は、私の中での答えも、すでに決まっていた。どちらでもいいなんて、真っ赤な嘘だった。


「どちらにせよ、声が戻らないことには……」


 モノカという、マナの姉であろう女性の言葉を最後に、その場に静寂が訪れる。すると、それまで沈黙を保っていたあかりが、珍しく、おずおずと手を挙げる。手を挙げるのが珍しいわけではなく、様子をうかがうような態度が珍しいのだ。


「なんだ貴様。まだいたのか」

「酷いですね!? えっと、僕、思うんですけどー」


 場の空気がピリピリするのを、私は肌で感じる。あかりが話しているだけなのに、空気が悪くなるのを感じる。新種の魔法だろうか。ある意味すごい。


「本番までに声が出るようになれば歌う、出なければ歌わない、で、いんじゃないですか?」


 その瞬間、空気が弛緩していくのを感じた。


 祭り中止派は、おそらく、本番までに声が戻るとは思っていないだろう。戻るとしたら、事件が解決するときだと、勘違いしているに違いない。本当は声と爆発には関係がないことを知らないのだ。


 祭り賛成派は、あくまで、歌えることを前提にしている。声が出なかったら歌わないという条件は、十分に飲めるものだろう。


 つまり、この場では、この条件こそが、全員の納得のいく答えだったと言える。


「え、何ですか、その反応……?」

「あかりにしてはいい意見だったってことじゃない?」

「あ、そういう感じ? 僕、いいこと言っちゃった? いやあ、やっぱ、僕ってぐへえっ!」


 再び、マナに叩き伏せられる。そして、私は紙を手渡され、読むように指示される。


「調子に乗るな──だそうよ」

「はい……」


 地面にめり込んだ体勢で、あかりは返事をする。ひとまず、この場での話し合いは終わった。


「あとは、ハニーナに相談するだけね」


 私の言葉に一同が振り向く。──何か変なことを言っただろうか。


「ハニーナと、話せるのですか?」


 女王に問いかけられて、私の方が驚く。

「え? モンスターは種族の中に一体、必ず人間と意思疎通ができる存在がいるでしょ? それがハチプーたちにとっての、ハニーナなんじゃないの?」


 私の常識は、どうやら、人間とは違うらしかった。

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