第2-40話 方法を見つけたい
玉座の間にたどり着き、私たちはエトスと話す。
「──声が出なくなった? 本当なのか、マナ」
マナは首肯する。さすがに、私から離れ、姿勢を正していた。エトスがいつものマナを見たら黙っていなさそうだ。
「風邪ではなさそうね……誰かにやられたの?」
傍らに立っている女性──おそらく、マナやエトス、トイスの母親だろう──が、心配そうな顔で尋ねる。マナは首を横に振り、分からないという意を示す。
「そうですか……。蜂歌祭のことをよく思わない方がいらっしゃるのでしょうか?」
今度は、赤髪に黄色の瞳の女性が、心配そうな様子で言った。そうではないと、否定したかったが、余計なことは何も言わずに、私は話の行く末を見守る。
「とりあえず、今日は、ゆっくりお休みなさい。明日までに、私たちがなんとかするから」
女王は優しい笑みを浮かべて、マナに歩み寄り、抱きしめる。
「不安に思っていることでしょう。でも、声は必ず取り戻してあげる。だから、大丈夫」
マナはそれをやんわりとほどいて、一歩下がり、お辞儀をする。そして、私たちを一瞥し、踵を返す。ついてこいと言っているのだろう。そのとき、
「榎下朱里。お前はここに残れ」
「エッ。えーっと、何のご用でしょおか……?」
「言わずとも分かるだろう? 説明してもらうぞ、色々とな」
「マ、マナ……ヘルプ……」
マナとともに部屋を出ようとしていた私は、彼女から紙を受け取り、視線で読み上げるように促される。
「甘えるな。──だそうよ」
「ああ、待っ──」
扉が閉まり、あかりの声は聞こえなくなった。
「……部屋に戻る?」
マナの首肯を合図に、私はエレベーターを使って、最上階手前まで上がる。やっと、エレベーターが使えた。
エレベーターの前で、セレーネとルナが出迎えてくれる。
「あれー? あかりさんはどこですかー?」
「おおかた、エトス様に捕まったのでしょう。あかりさんの悪い噂は、王の耳にも入っているはずですから」
「悪い噂って?」
セレーネの言葉に私が尋ねると、その場の全員が黙秘した。マナは声が出ないが、出たとしても黙っていただろうと、私は勝手に推測する。
「……こちらの話です。さあ、どうぞ、奥へ」
セレーネに話を流されたことに言及はせず、私はマナの部屋へ続く階段の前で立ち止まる。
「あたしも入っていいの?」
「はいー。ガラスは直しておきましたー。門番にも説明済みでーす」
ルナがほのぼのと答える。不法侵入したばかりの相手に、どこまで寛大なのだろうか。今に始まったことではないけれど。
「ちなみに、どんな説明だったの?」
「たまたま、空を飛んでいて、偶然、魔力探知をしたら、マナ様が倒れているのが分かったから、思わず飛び込んだ、と。そう、あかりさんからお聞きしましたが?」
「ああ、そう……」
セレーネの言うことは、いかにも嘘らしく聞こえるが、果たして、エトスは信じたのだろうか。まあいいけど。
すると、不意に、ルナが口を開く。
「マナ様にまなちゃんですかー。おそろいですねー」
「え、ええ、そうだけど、この流れでそれ言うの?」
そのとき、マナがぐいっと、私を引っ張った。どうやら、早く部屋に戻りたいらしい。
「──失礼するわ」
「はい。引き続き、この場所は護衛しておりますので」
「何かあったら、呼んでくださいねー」
そうして、私とマナは最上階の部屋に戻ってきた。マナは魔法でペンを走らせる。
「何? ここに泊まっていけって? ……一応、れなに許可が取りたいんだけど」
そういうと、マナはまたどこかに念話しているのか、静かになった、そして──親指をぐっと突き出す。許可がとれた、ということなのだろうか。念話の相手が私でなくても許可するあたり、二人の信頼関係はなかなかのものだ。
「──まあいいけど。それで、何か話でも?」
我ながら、誤魔化すのが上手いと思う。マナに紙と視線で問い詰められても、私は、顔色一つ変えなかった。
続いてマナは、声が盗られた理由について私に尋ねる。
「……なんでって、あたしが知るわけないでしょ。でも、わざわざこの日を狙ったってことは、やっぱり、明日のお祭を中止するためなんじゃない?」
すると、マナは紙にこう書き綴った。
──私が女王でないから、何か不都合があるのではないでしょうか。
さすがだと思う。そうして、黄色の瞳で真っ直ぐ見つめられては、私も上手く嘘がつけない。だから、それに肯定も否定もせず、無理やり話を変える。
「ハニーナについて、詳しく知りたいんだけど」
私の頼みに答えて、マナは本棚から一冊の本を取り出し、あるページを開いた。
「世界中のハチプーたちを統べる女王。契約に従い、三百年に一度、ボイスネクターを求めてルスファの王都、トレリアンに姿を見せる。彼女とハチプーの働きにより、私たちは日々、様々な魔法野菜、魔法果物を目にすることができる。……つまり、豊作を感謝するお祭ってわけね」
マナが無言で頷く。もし、女王の歌が届けられなかったら、魔力を得て育つ魔法植物は、育たなくなり、先三百年は普通の植物だけで生活することになるかもしれない。そうなれば、
「もし、マナの声が戻らなかったら、世界が飢饉になるかもしれないわね」
だから、歌わなければならないのだと、マナは紙に綴り、目で訴えてきた。
「本当の女王の歌声じゃないと、ハニーナに命を奪われるって書いてあるわ。それに、ハニーナの機嫌を損ねたら、どのみち、同じ結果になるかもしれないし」
それが、世界のためになるかもしれないのなら、それで構わないと、彼女は記した。自分を犠牲にする覚悟など、とうにできているとでも言うように。
「自分をもっと大切にしなさいよ」
──国民の幸福こそが、私の願いであり、幸福です。
きっとその思考は、簡単に変わるものではない。それは一見、美しくも見えるけれど、自己犠牲でもある。
「……あっそ。あたしは、マナには生きててほしいけどね」
なんともなしに言ったその言葉に、マナの瞳が、少しだけ、揺らいだような気がした。とはいえ、それは些細なものであり、気のせいだったかもしれない。だから、私は、気づかなかったふりをした。
「あんたも救われて、ボイスネクターも作れるような方法があればいいんだけど」
どちらにせよ、今、マナが女王とならない以上、それは叶いようがないのだけれど。
「あんたのお母さん、本当に音痴なの?」
それは先刻、あかりから聞いたことだが、事実かどうかは甚だ、疑問だ。その問いかけに、マナは露骨に表情を歪める。珍しい反応だ。
すると、マナは引き出しを開け、その中に陳列された宝石の中から、ある指輪を取り出し、私の目の前に差し出す。──直後、景色が変わった。
「あれって、トイス?」
マナは頷いて肯定する。紫髪にオレンジの瞳で、両腕に収まるくらい小さなトイスが、柵付きのベッドに寝かされていた。傍らには、若き女王とおぼしき女性が座っている。
そして、女性は小さく息を吸い、歌を紡ぐ──、
「……これは酷いわね」
選曲はこの国の人なら誰でも知っている、ルスファの国歌。しかし、どう聞いても、聖書の音読にしか聞こえない。
「子どもトイス、一瞬で寝たわよ」
聞いていて眠くなる歌声ですよね。と、マナは共感を求めてきた。まさに、その通りだと思う。
「おかあさま」
すると、まだ、二、三歳くらいのマナが、母親のズボンの裾を軽く引っ張る。さすが、幼い頃から、群を抜いて、可愛らしい容姿をしている。
「どうして、おかあさまはそんなにお歌が下手なのですか?」
「うわっ、はっきり言ったわね……」
私は思わず、表情を歪める。マナは小さい頃のことは仕方ないとでも言いたげに、そっぽを向いた。しかし、マナのことだ。この頃から、まだ幼いから許されると自覚していた可能性はある。その証拠に、幼いわりに、マナははっきり話しているし、これを撮影しているのは、マナのようだし。
「そう? 子守唄としては優秀だと思うけれど」
「おかあさまは歌っているのではありません。ただ歌詞を読んでいるだけです」
「へえ……言ってくれるじゃない。そんなこと言うなら、マナが代わりに歌ってくれる?」
マナは頷いて、眠っているトイスの横で歌う。
歌うのは国歌ではなく、そこそこ有名な子守唄。その歌声は、まるで天使のさえずりのようで、私は思わず聞き入ってしまった。母親も、トイスを起こさないよう、小さく拍手をする。
「あなた、お歌も上手なのね。すごいわ、マナ」
「ありがとうございます」
「蜂歌祭では、マナが歌ってくれる? あなたは、女王になるのにふさわしい子だから」
「はい。国の皆様のために、がんばります」
「約束よ?」
「はい、約束です」
そこで映像は打ち切られ、指輪は引き出しの元の位置にしまわれた。
「──お母さんとの約束でもあるわけね」
マナはこくっと頷く。一瞬、鞄の中の小ビンのことを言ってしまうという考えが頭をよぎるが──言わない。命がかかっているのだ。言えるはずがない。これから一生、野菜や果物を食べられないとしても、魔法植物を見られなくなるとしても、絶対に言わない。
女王にならないことを選んだのは彼女自身だ。だが、歌うという選択を奪うのは、私。私が、れなの言葉を、この身を持って否定する。
これ以上話すことによる進展もないだろうと判断し、私はさらに、話題を変える。
「そういえば、爆破テロの犯人って捕まったの?」
マナは首を横に振る。いつ確認したのだろうと思わずにはいられないが、どんなときでも完璧なのがマナだ。それくらいの情報は頭に入っているらしい。
「結局、犯人は一体、何がしたかったのかしら。本当に腹立たしいわね」
──死者三五四人。内、人間三五一名、魔族三名
と、紙には書かれていた。被害は甚大だ。
「人間を狙った魔族の犯行、とも考えられるけど、それなら、魔族に被害は出さないはずだし」
魔族の仲間意識は強いので、こんなことに巻き込んだりはしないだろう。殺人事件も滅多に起こらない。まあ、処刑されるのが怖いからというのも理由に挙げられるけれど。すると、マナが紙を見せてきた。
──人間の犯行だと思います。それも、王族に何かしらの恨みを持った。
「王族に恨み? 信用を損なうためにやったってこと?」
──国は被害に合われた方たちの対応に追われています。ですが、三五四人もの方が亡くなられているため、十分に手が行き届いていないのが現状です。
私はそれを読んで、死者の数に、少しだけ違和感を覚える。
「もしかして、魔族もそっちで対応してるわけ?」
マナは、
──当然です。
──私たち人間のせいで、苦しい思いをさせているのですから。
と、綴った。もしかしたら、魔王が動いたのはそれに恩を感じたからかもしれない。よく知らないけれど、 義理堅いイメージがある。
そして、私は、来るときと今で、王都に対する印象が全く異なっていることに気がついた。
「あたし、本当に馬鹿だったわ。てっきり、王都は魔族を忌み嫌っているとばかり思っていたけれど、全然、そんなことなかったのね」
マナは首を横に振って、紙を差し出してきた。
──まなさんは、間違っていません。国王が崩御するまで、王族の魔族に対する偏見は、それはそれは、酷いものでした。
「代理王のエトス様が国を変えたってこと?」
しかし、マナはその問いかけには答えようとせず、ただ、私に微笑みかけただけだった。
そのとき、扉がノックされた。マナは口をぱくぱくさせたあとで、少し面倒くさそうに扉に向かい、解錠した。鍵穴もそれらしいつまみも見当たらなかったが、おそらく、最新の、魔力で個人を特定する仕組みが採用されているのだろう。
「こんな時間に申し訳ございません。大変なところ恐縮ですが、玉座の間まで、来ていただけますか?」
焦りを隠しきれていないセレーネのために、マナは急いで部屋を出る。
「クレイアさんも、一緒に来ていただけると助かります」
「……あたしも?」
人間の国の有事に、まさか私が呼び出されるとは思わなかった。ただ、言葉の丁寧さのわりに、セレーネの口調は強めだ。拒否権はないと思った方がいいだろう。
私は鞄を肩から下げて、マナとともに玉座の間に向かった。
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