第2-39話 打ち明けたい
あかりとともに、鞄にぶら下がって空を飛び、私たちは最上階のガラスを叩く。マナの部屋だ。
──と、耳元で金属がぶつかり合うような音がして、私は遅れて状況を理解する。あかりが飛んできた槍の軌道を、氷の壁で弾いて変えようとしたのだ。しかし、壁は容易く突き破られ、あかりはそれを見越して咄嗟に避けた。槍は弾丸のような速度だった。殺す気満々だ。
「城に立ち入るときは、門を通っていただけますか?」
下にいる門番が、そう叫んできた。急ぐあまり、冷静な判断を欠いたが、ここは、門番の言い分が正しい。ここ数日、こういうことばかりしていたから、癖になっていたのかもしれない。
「あかり、戻るわよ」
「──倒れてる」
「え?」
「マナ!」
硬そうなガラスを、氷のグローブをまとった素手で何度も殴って砕き、あかりは中に入る。私は驚いて、鞄から手を離しそうになる。
そして、私が鞄を操れるわけではないので、侵入せざるを得なかった。あかりの声は、門番の耳にも届いたようで、それ以上、攻撃はしてこなかった。
「マナ、ねえマナ! 起きて!」
割れたガラスから中に入ると、すぐに、マナが床に倒れているのが分かった。
そして、揺するあかりは気がついていないようだが、私の目には、もう一人の人物がはっきりと映っていた。
「──何をしたの?」
「くっくっく。おおよその見当はついているのだろう?」
重苦しい声だ。緑の黒髪に、ありとあらゆる生物の血を煮詰めたような赤い瞳。立ち振舞いに余裕を見せながらも、隙がない。おそらく、あかりたちには見えないように、魔法で姿を消しているのだろう。
「余のことが分かるか?」
「──魔王カムザゲス」
「くっくっく……」
晴れを曇りに変えてしまいそうなほど、不気味な笑い声が私の鼓膜を震わせる。その雰囲気に、自分が圧倒されているのを、私は感じていた。
「そのものの声を奪った。倒れているのは、その副作用だ。じきに目は覚める」
「なんでそんなこと……」
「簡単な話だ。その者は、女王ではない。いかに美しい歌声を持っていようとも、偽物の女王だ。それではハニーナは認めない。だから、歌えぬように、声を奪った」
「別に奪う必要ないじゃない。歌わなければいいだけでしょ」
あかりは取り乱していて、こちらの様子にはまったく気づいていないようだ。もっとも、魔王が誰かに見つかるような真似をするはずもないのだけれど。
「声がそこにある限り、その者は歌う。そういう運命だ」
運命などと、馬鹿馬鹿しい。そう、笑い飛ばすこともできた。だが、目の前の存在が冗談を言うようには、とても思えなかった。
「……じゃあ、あんたは、祭を中止にしろっていうわけ? こんなにたくさんの人が楽しみにしてるのに」
「ハニーナが認めないということは、その歌声の持ち主に、針で毒を打つということだ。国民の期待と、優秀な未来の女王の命。どちらを優先すべきか、分からぬような愚か者でもあるまい?」
ハニーナというモンスターのことは知らない。それでも、毒を打たれるということが何を意味するかくらいは、私にも分かった。
なんとか両立させる方法がないかと、熟考し──。
「──すまないが、余は暇ではない。特に明日はな。この小ビンの中にその者の声を詰めてある。祭が終わったら、その蓋を開け、声を返しておいてくれ。絶対に祭が終わるまでは開けるな。それから、あそこにいる琥珀髪の男。あれには、決して悟られないようにしろ。良いな?」
私は手渡された小ビンを咄嗟に、鞄へとしまう。そうするのが正しいことは、十分に分かった。だが、
「どうして、魔王のあんたが人間のあの子を助けようとするわけ?」
「くくっ、さあな。余は帰る。──頼んだぞ」
瞬きをすると、もうそこに魔王はいなかった。
「──っ」
そうこうしているうちに、マナが目を覚ましたようだ。あるいは、彼女が目を覚ますのを察知して、魔王は帰ったのかもしれないけれど。
「マナ! 僕のこと分かる?」
「……」
マナは何か言おうとして、すぐに、異変に気がついたのだろう。口をぱくぱくさせて、喉に触れ、冷静に判断したらしい。机上にあるペンがひとりでに動いて、紙にすらすらと何かを書いていた。そして、紙はこちらに飛んできた。
「声が出ない……? え、嘘でしょ?」
マナは驚くあかりと、至って冷静に見えるであろう私を見比べて、あかりに意識を集中させる。あかりの落ち着きようを見るに、念話を始めたらしい。これなら、声がなくても話せる。が、私とは会話できない。何を話しているのかも分からない。
「……分かった。とりあえず、報告しに行こうか。まなちゃんもついてきて」
「──ええ」
扉を開け、階段を下ると、そこには昨日のセレーネとルナがいた。
「あかりさん、なぜここにいらっしゃるのですか? 不法侵入罪で逮捕しますよ」
「マナ、声が出なくなったって」
「……え?」
「声がですかー? マナ様、大丈夫ですかー?」
そして、静かになった。またしても、念話で会話しているようだ。何を話しているのだろうか。
そのとき、私の視線に気がついたのか、マナがこちらを振り向き、頭の上に顎を乗せ、抱きついてくる。念話をしていないというサインなのだろう。
「おおー、ちょうどいいフィット感だねえ」
「……背が縮むからやめてくれる?」
「──」
なんとなく、マナは満足そうにしている気がした。声を隠している罪悪感もあって、私はそれ以上、何も言わなかった。
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