第2-35話 頑張る理由が知りたい

 降りる隙も与えられず、私はれなに掴まり、運んでもらう。四段ずつ飛ばして、軽快に駆け上がっていく。階段にも、当然、邪魔は入るが、それも華麗にかわして進む。


 ──が、十五階辺りから、勢いが落ち始めた。


「れな、疲れたでしょ?」

「んーん、全然? このくらい、へーき、へーき」


 ここまで勢いが落ちなかったのも驚きだが、そこから、二十階にたどり着くまで、れなは止まらず進み続けた。しかし、さすがに、足の動きは鈍くなってきた。私は踊り場付近で隙を見て、れなの腕から抜け出す。


「ダイジョーブ。れなは、まだ、頑張れるから……!」


 額には玉のような汗が浮かんでいた。呼吸は、吸うのと吐くのを間違えてしまいそうなほどに速い。そして、何より、足が震えている。どれだけ必死に頑張っても、ここが、れなの限界だ。上にはまだ、八階ある。


「……なんでそこまで頑張るわけ? マナだって、本当は女王になりたいから、脱出しないのかもしれないでしょ?」


 私も、マナを助けたいとは思う。だが、これが、本当に助けになっているのかどうかは、分からない。


 儀式に臨んでいる以上、マナに女王をやる意志があるということではないのか。マナほどの才能があれば、抜け出すことなど容易いのではないか。


「誘拐されたからって、ここまで追いかけてきちゃったけど。元はと言えば、マナの方が逃亡──平たく言うと、家出してたわけでしょ? それを元の場所に戻したからって、誘拐にはならないわ。むしろ、今、誘拐しようとしてるのは、あたしたちの方よ」


 れなは、荒い呼吸を無理やり落ち着けて、唾を飲み込んだ。


「お姫ちゃんはね、めっちゃいい子だよ。優しくて、思いやりがあって、自分の感情を抑えちゃうような、そんな子だった。だから、誰かが、無理やり連れ出してあげないと、ワガママの一つも言えなかった。──昔の話だけどね」

「何も言わないってことは、そこに大した思いがないんでしょ。抑え込めるくらい、小さな願いなのよ」

「そうかもねー。でも、お姫ちゃんは、自分の意思でこの場所を出た。それは事実だよ」


 それほどまでに思うものが、マナにもあったということ。そして、そうまでしたのに、なぜ今、大人しくしているのか。この矛盾した行動に、私は、違和感を抱かざるを得なかった。


「いつまでも、そうやって手を引いてあげるつもり? ずいぶん、甘いのね。本当に望んでいることは、いつだって、自分の力で叶えるしかないのに」

「──少し前までなら、こんなことしなくても良かったんだけどね。今のお姫ちゃんには、何かが足りない。どこかに大事なものを落っことしちゃったみたいに。だから、それが見つかるまで、それか、その穴が埋まるまでは、甘やかしてもいいと、あたしは思うよ」


 少し前のマナというのを、私は知らない。だから、そんな話をされたところで、納得はできない。


 ──だが、マナのことを知りたいという動機が、私の中に生まれた。そして、自分がどうしたいのか、それが、よく分かった。理由もなしに、私は、がむしゃらには頑張れない。


 だから、私は、マナのために頑張れる。


「さあ、休憩もしたし、降りてあげたんだから、まだ上れるわよね?」

「……もう少し、れなに優しくしてくれても、バチは当たらないと思うんだけどなー? なー??」

「行くわよ」

「ほいほい!」


 れなを置き去りにして、私は先に階段を駆け上がる。足の長さと跳躍力が足りず、四段も飛ばせないのと、体力温存のために、一段ずつ上がっていく。


「頑張れ、まなちゃ!」

「ぜーはー……」


 そうして、二十八階までたどり着く頃には、立場が逆転していた。応援する側とされる側。八階分を一気に駆け上がろうと思ったら、それなりに体力を消費する。少し休んで体力を回復させて、私たちは部屋の様子をうかがっていた。


「あの部屋ね……」


 あかりから言われていたのが真実なら、階段から一番近い部屋で儀式は行われているはずだ。他は無人なのに、その部屋だけ、警備が二人もついている。私たちは物陰に隠れて様子をうかがう。


「あれって、マナの部屋を護衛してる、超強いって噂の二人?」

「そーそー」


 私の想像とは異なり、そこにいたのは、きりっとした佇まいの女性と、たれ目が特徴的な、こちらも女性だった。


「……本当に強いの?」

「魔法の強さは、性別も体格も関係ないからねー。見た目で騙されちゃダメだよ?」

「それは、ごもっともだけど──」

「何かご用ですかー?」


 声のする方に、反射的に顔を向ける。そこには、たれ目の女性が立っていた。いつかと同じように、私は咄嗟に、一歩下がる。


「ここは部外者立ち入り禁止です。というよりも、ここまでよく入ってこられましたね。感心しました」


 もう一人の女性は、扉の前から離れることはせず、こちらに拍手と称賛の言葉を向ける。顔から感情の色は感じられないけれど。


「どれくらい立ち回れそう?」

「三秒、持つかな?」

「どうすんのこれ……」

「ダイジョーブ。──そろそろ、来るから」

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