第2-34話 肉壁になりたい

 私とあかりとれなは、城の入り口に立っていた。まゆはシニャックとお留守番だ。意外にもまゆは、自分が行っても邪魔になるからと、自ら置いていかれる方を選んだ。


「申し訳ございません。現在、城は全面封鎖中でして──」

「んー、知ってる。エトスに伝えてくれない? れなとその連れ二人が来てるって」


 門番は顔を見合わせると、代理王と念話で連絡を取っていた。それにしても、代理とはいえ国王を呼び捨てとは、それほどに賢者とはすごいのだろうか。


「……失礼いたしました。どうぞ、お通りください」

「さんくー」


 重い門が、音を立てて開く。私はその音の大きさに、思わず耳を塞ぐ。


「れっつらごー!」

「相変わらず、元気ね……」


 そうして門をくぐり、扉を通り、玉座の間にたどり着く。道中、すれ違う使用人や兵士たちの注目の的になっていた。何かしたら、手加減はしないと顔に書いてある。


「はろー、エトス。調子はどう?」


 片手を上げ、軽く挨拶をするれなの後ろで、私とあかりは顔を見合わせる。


「……あれ、王様よね?」

「あー、うん。なんか、幼なじみなんだって」

「あ、そう……」


 私のときは少しも動かなかった代理王だったが、れなが正面に現れたからか、玉座から立ち上がり、懐から杖まで取り出した。


「まなちゃ、ガード!」


 そうして私は前に立たされ、何発か魔法をくらった。全部私に当たった瞬間、消滅したけれど。


「ふっふっふ……どーだ! れなの可愛いまなちゃガードは!」

「急に盾にしないでもらえる? それから、突然攻撃するのもやめていただけますか?」

「──いや、なに。調子はどうかと問われたのでな?」

「絶好調みたいだね、よきよき」


 この二人、仲が悪いらしい。私を挟んだまま、話が進んでいく。


「お姫ちゃんに会わせてって頼んでるだけじゃん、いーじゃん、それくらい」

「それが何を意味するか分からないほど、お前は愚かではないと思っていたのだがな。見込み違いか」

「じゃあ聞くけど、人類と魔族の未来を背負って立つ覚悟が、今のお姫ちゃんにあると思うの?」


 そう言われて、代理王は口をつぐむ。それは、私が昨日言いたかった、『マナに足りない何か』だと、すぐに気がついた。そして、これだけ頭の回る王が、そんなことに気づかないはずはない。


「あんたも、そんなんでもお姫ちゃんのお兄ちゃんなんだから、気づいてるでしょ? 今のお姫ちゃんは、確かにお姫ちゃんだけど、何かが違うって」

「……覚悟なんて、後からついてくる」

「今のお姫ちゃんに王位を継がせたところで、戦争は終わらない。──これは、大賢者であるれなの予言よ」


 れなのその一言に、その場にいた兵士や、王子、王女たちがざわつく。大賢者の言葉には、それほどの重みがあるということか。代理王は眼光を鋭くして、私の後ろにいるれなに向けて言う。


「……それでも、私はマナを王にする。もう決めたことだ」

「ほんっとに昔っから頑固ね、あんた。いいから、お姫ちゃんに会わせてって言ってるでしょ?」

「──マナには会わせない。即位の儀の最中だ。儀式の邪魔になる可能性がある以上、何人たりとも、会わせるわけにはいかない」


 二人の間に挟まれて、私は硬直する。れなにがっちりと掴まれているので、勝手に動けないし、視線はピリピリと痛い。


「そ、分かったわ。──それなら、力ずくで会わせてもらうから」


 周りが顔を覆い、目を閉じたのを見て、私はそうっと振り返る。すると、れなの頭上に、巨大な光の玉が浮かんでいた。私は眩しいとまでは思わない。視界も普通に利く。つまり、魔法だ。


「逃げるよ、まなちゃ!」

「え、ちょっと、あかりは!?」

「あいつは自分でなんとかできる子だから、多分、大丈夫!」


 左手を引かれ、私はれなに続いて走る。扉を出たところで、


「背中に掴まって」


 と言われたその声に従い、羞恥を捨て、私はれなの背中に掴まる。私を背負って走るれなは、まさに、マナと同じくらいの速さだった。


 私を背負っていては魔法と片手が使えないので、もう片方の手で兵士たちをいなしながら、足の速さで置き去りにしていく。


「後ろからバンバン魔法打たれてるんだけど……」

「痛くないっしょ?」

「まあ……」


 私の背が届かない、れなの足に向けられた魔法を、れなは見もせず身軽にかわし、魔法を使う兵士たちを魔法なしで圧倒していく。


「すごいわね……」

「やっほい、まなちゃに誉められた! もっと、やる気出しちゃおっ」


 そして、れなはさらに速度を上げていく。すると、兵士が横並びになって整列し、分厚い壁を作っていた。どうやって突破するのか──、


「通るよーっと」


 一足で手前の兵士の肩に乗ると、並んだ肩の上を駆けていく。


「はい、お疲れ様」


 飛び降りて、れなは再び地面を走り始める。この速度には追いつけないだろう。


 そして、目の前に土の壁を張られれば、

「まなちゃアターック!」

 と、背中からぶつかって破壊し。空から滝が降れば、

「まなちゃアンブレラ!」

 と、私を頭の上に乗せ。風の刃が全方向から迫ってこれば、私でガードしながら、すべてかわし。そこに火の海が広がっていれば、私を投げ飛ばし、

「消火ぁー!」

 その間に火を消して道を作り、私を受け止め、再び走り始める。マナもれなも、なぜ、人を投げるのに躊躇いがないのだろうか。

「ナイスキャッチ!」

「死ぬかと思ったわ──うわあっ!?」


 急に、れなが飛び上がったため、下を見ると、落とし穴が仕掛けてあったことに気がつく。


「どうすんのこれ……」

「壁をー走るー!」


 宣言通り、れなは私を抱えたまま壁を走り、穴を越える。


「あんた──天才ね」

「やっぱりー? いやー、嬉しいなあ」


 化け物と言おうとして、やめた。我ながら、英断だったと思う。


 そうして走っていると、ようやく、階段にたどり着いた。エレベーターを使えば、すぐに捕まってしまうため、階段を使うことにした。しかし、ここから、儀式の場である二十八階まで上らなければならない。まだ、ここは一階だ。


「よっし、上るぞー……」

「あんた、あたしを抱えたまま上るつもり?」

「とーぜん! まなちゃ軽いし、大丈夫だって!」

「別に、階段くらい自分で……」

「ちゃんと掴まってて!」


 すでに、伝えられた作戦とは随分、違うものになっていた。作戦というよりも、正面突破からの力押しだ。昨日の作戦会議とやらは、私たちを黙らせるための嘘だったのだろう。

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