第2-30話 状況が知りたい

「それで、上の状況は?」

「それがさあ、聞いてよ! トイスが裏切ったんだよ!」

「知ってるけど、それで?」

「なんだ、知ってるんだ……。それで、レックスが捕まったんだよね。魔力を封じる檻っていうのがあって、そこに入れられたみたい。さすがの僕でも、あれは破るのに二日かかったしなあ」


 さも、破ったことがあるような物言いだが、実際にあるのだろう。もう何を言われても驚く気がしない。


「あんた、まだ魔力は残ってる?」

「余裕だね」

「マナの居場所は分かる?」

「だいたいの見当はついてるよ」


 トイスの情報が信用できない以上、一から考え直した方がいいかもしれない。彼が嫌がっていた方法こそ、状況を打破する最善策なのだろう。


 それにしても、居場所が分かっているなんて、かなり優秀だ。ここまで来られたのもそうだが、


「……あんた、本当にあかり?」

「いや、できたのに疑うって酷くない!?」


 試しに、腕を掴もうとすると、かわされた。どうやら、本物らしい。


「あんた、やるときはやるのね」

「本番しか強くないって、昔、アイちゃんに言われたなあ」

「的を射てるわね。それで、どこにいるわけ?」

「今は部屋に戻ってると思うけど、会うのは、まず、無理だろうね。僕たちが侵入したことで、部屋の中にも見張りがついたみたいだから」

「やっぱり、二日目以降は動きづらくなるわね……」


 予想していた中でも、わりと最悪に近い展開だ。


「ねえ、まなちゃん。策がないなら、僕は城を破壊しようと思うんだけど?」

「はいはい、そういうのいいから」

「もし、本気だって言ったら、どうする?」


 声の調子がいつもと違うのを感じ取り、私はあかりの顔に視線を向ける。普段通りの笑みだ。そこから、言葉の真偽を判断することは難しい。


「……ものすごく、困るわ」


 実際にされた場合を想定すると、語り尽くせないほどの問題が発生する。特に、何人の命が奪われるか、想像するだけでも、背筋が凍る。あかりならやりかねないところが、特に恐ろしい。


「……ふはっ! 面白い顔だねえ!」

「ぐいっ」

「あたあっ!?」


 髪の毛を引かれたあかりが、バランスを崩して、床に顔面から激突した。いい気味だ。代わりに私は立ちあがって、リュックを背負う。


「そんなことしても、マナは喜ばないわよ」

「──そこを突かれると、弱いんだよね」

「知ってるわ。あんた、分かりやすいから。じゃあ、さっさと行くわよ」

「何か、策があるの?」

「いいえ。でも、城から脱出しないわけにはいかないでしょ。看守、倒しちゃったんだから」

「……あ、そっか」


 気絶している看守を一瞥し、なんとなく、申し訳ない気持ちになって、小さく頭を下げた。


「それで、どうやって脱出するの?」


 私は石の壁を軽く叩く。先ほど叩いたときも、わずかだが、ここだけ音が違った。間違いない。


「ここに真っ直ぐ穴を開けられる?」


 あかりは返事の代わりに、実際に穴を開けてみせた。まるで、粘土でもこねるかのように、静かに開いた。


「行くわよ。穴は塞いでおきなさい」

「おお、まなちゃん、賢いね!」

「普通でしょ。早くしなさい」


 そうして、あかりに穴を塞がせながら真っ直ぐ歩く。おそらく、この先に、先ほどの抜け道があると思われる。こんなことができるなら、あの抜け道もすぐに埋められそうだけれど。もしかしたら、トイスはこうなることを見越していたのかもしれない。


「もしかして、あんた、正確なタイムリミットも分かってる?」

「うん。即位の儀は明日の午後六時、ちょうど一日後くらいに終わる予定。それまでに、なんとかしてね、まなちゃん」


 私が知りたかった情報は、一通り聞き終えたと思う。悪いところはないのだが、むしろ、完璧すぎるというか。


「いきなり優秀になって、怖いんだけど……」

「いや、魔法で盗聴したり、心を読んだりすればいいだけじゃん?」

「だけって言うけど、普通はそれができないの。すごいことよ、誇っていいわ」

「何目線??」


 少し歩くと、すぐに見覚えのある一本道に出た。やはり、ここに繋がっていたらしい。


「ここって、さっき通ったとこ?」

「そ。とりあえず外に出て、その後のことは、その後で考えましょう」


 そうして、私たちは階段を上り、回転扉の向こうに誰もいないのを確認し、小屋に戻ってきた。


「なんとか脱出できたね」

「ええ。でも、ここも安全じゃないわ。早く離れ──」


 そうして、振り返ると、息のかかる距離に──真っ黒な顔があった。

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