第2-29話 穴があったら入りたい

 懐かしい夢を見た。できることなら、忘れてしまいたい。しかし、どうしても、忘れたくない。そんな夢だ。床の感触も、冷たい空気も、似ていたからだろうか。


──お前のせいで、彼女はこんな目に合っているんだ


──ごめんなさい、ごめんなさい


──死にたい


 はっと目を覚ました。無意識に強く握られていた右腕を解放し、疲労感の残る左手をぶらぶらさせる。


 そうして、しばし、腕で目を覆い、暗闇に身を任せる。上を向いていても、目を押さえていても、涙が溢れそうだった。肺が小さくなったかのように、上手く息ができない。目の回りが熱い。そうして、気持ちが落ち着くのをただ、じっと待った。


「──大丈夫?」


 ようやく落ち着いてきた頃、そう声をかけられ、私は相手を確認もせずに答える。


「……ええ。少し、いいえ、だいぶ夢見が悪かっただけよ。できれば、ふかふかのベッドで寝たいわね」

「強がってるところ悪いけど、僕のこと分かる?」

「は? 知らない……げっ」


 声のする方へ顔を向けると、琥珀色の長髪が目についた。そこに切れ長の黒目と、見慣れた笑みが加われば、当てはまる人物は一人しかいない。


「あかり……」

「やっと起きたね。大丈夫?」

「──あたし、何か言ってた?」

「なんかね、泣きながら謝ってたなあ」

「……忘れなさい」

「ええ、どうしよっかなあ?」


 一番嫌なところを見られてしまった。一体、いつから見ていたのだろうか。私は目元を手の甲で拭い、赤い目で、きっ、とあかりの顔を睨み付ける。


「忘れなさい! 誉めちぎるわよ!」

「それはやめて!」


 そうして契約を成立させ、私は背中についた砂を払う。払いきれていないだろうけれど、仕方がない。


「今、何時?」

「多分、午後六時くらい。牢屋にご飯持ってくのが見えたから、見張りとその人と、倒しちゃった。しばらく起きないだろうから、ゆっくり食べなよ」


 差し出されたお盆には、パンが一つに牛乳が一本──そこに、野菜に肉に乾燥させたスープと、わりと、バランスのとれた食事だ。むしろ、いつも食べている量よりも多い。加えて、手を拭くシートもついてきた。


「牢屋って、意外と待遇がいいのね……」

「わりとね。やることがなくて暇、っていうのさえなければ、最高だと思う」

「牢屋は宿じゃないわよ」


 あかりの態度は、まるで、牢屋に何度も入ったことがあるような感じだ。本当は一度も入らないのが普通なのだけれど、慣れている、という雰囲気が漂ってくる。まあいいけれど。


 食事をする前にと、扉の吹き飛ばされている牢屋から出て、まゆの様子を確認する。チャックは開けておいたので、酸欠にはなっていないだろうけれど。


「……まだ寝てる」


 窮屈そうに縮こまって、死んだように眠っていた。何時間もこんな中で、よく寝ていられるものだ。トンビアイスは案の定、溶けていた。


 ちなみに、監獄食は普通に美味しかった。

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