第2-27話 代理王を説得したい

「はあっ、はあっ……」

「大丈夫か?」

「全然……、大丈夫じゃ、ない……!」


 徒歩三十分の道のりは長かった。体力が持たない。途中からペースを落として走ったが、結局、一定のペースで走り続けていたあかりに追いつかれた。結局、追ってきた兵士はあかりが倒した。


「あんた、疲れたりしないわけ……?」

「体力だけはね。こう見えて夜とか走ってるから」

「あっそう……。先に行って……」

「はいはい、お任せを」


 階段を上って出た先は、広い部屋だった。広い部屋というと語彙が乏しいように感じるが、何も置かれていない、本当にただの広い部屋だった。


 床には使用人と思われる人たちが転がされていた。レックスかあかりがやったのだろうか。


「昔は姉さんの部屋だったんだ」

「広すぎない? あたしが住んでる宿舎の部屋、全部合わせても足りないくらいよ」

「こんなもんだろ。行くぞ」


 トイスについて外に出ると、床で何人もの兵士たちが伸びていた。私は踏んだり跨いだりしないようにしながら先へ進む。


「──本当にいいんだな?」

「どういうこと?」


 立ち止まって振り返ったトイスに、私は足を止めて質問を返す。


「俺たちは侵入者だ。話を聞かずに投獄されてもおかしくはない」

「別に、あんたは侵入者でもなんでもないでしょ。あたしに脅されてたってことにしておきなさい」

「そういうわけには……」

「王子が女王の逃亡に加担した、なんて知られたら、国中大騒ぎよ。まあ、女王逃亡の時点で、国の信用はないに等しいかもしれないけれど」

「しかし……」

「それで、次はどっちに進むの?」


 トイスを無理やり進ませて、重厚な扉の前にたどり着く。傍らに、扉を守っていたと思われる兵士も倒れており、扉は開け放されていた。しかし、その向こうからは音がしない。全員倒してしまったのだろうか。


「マナを探してくるようにって言ったのに……」

「本当に、いいのか?」

「ええ。マナの考えを聞いておきたいし。今さら引き返すわけないでしょ」


 私は扉の前で立ち尽くすトイスを置き去りに、扉の隙間から中へと入る。一人ではとても動かせそうにない重量感だ。開いていて良かった。


「失礼します」


 声を張って、その部屋に入る。そこにいた兵士たちは全員、寝かされており、玉座に座る薄紫の髪に黄色の瞳の男だけが、両腕を椅子の台に置き、足をわずかに開いて、こちらを睨みつけていた。その姿勢は左右対称で、いかにも真面目らしい。


「そっちに行ってもいいですか?」

「構わん」


 私は玉座に座る男性から目を離さないようにしながら、一歩ずつ歩みを進め、五歩ほど手前の正面で立ち止まる。相手は仮にも王様だ。失礼な真似はできない。


「マナ・クレイアと言います。あなたが王様ですか?」

「代理の、な。魔族である君に名乗っておく。エトス・ゴールスファ。それが私の名だ」


 魔族であることを一目で見破るとは。さすが、代理とはいえ、国王であるだけのことはある。


 魔族は皆一様に瞳の色が赤く、固有の赤さを持っている。人間にも瞳が赤い人はいるが、魔族のそれとは少し違う。魔族でない者が見分けるのは、なかなか難しいらしい。


「エトス国王。本日は、お話があって参りました」「話、というには、いささか、手荒なようだが?」

「城は封鎖されているとうかがったのですが、どうしても、今でないといけない用事があったので。それから、言い訳がましく聞こるかもしれませんが、あの人が兵士たちをなぎ倒していったのは、あたしにとっても計算外でした。代わって謝罪させていただきます。──本題に入ります。レックスという人物を使ってマナ王女を連れ去ったのは、あなたですか?」


 代理王は、ハリボテのように少しも動かず、黙って話を聞いていた。私は気にせず進める。


「──今、即位の儀をされていますよね。マナを王にするために」

「肯定だ」

「マナの考えを聞かせてください。本人の口から直接」

「それになんの意味がある?」


 意味を問われ、私は瞑目する。マナが王になれば、今までのように、みんなで騒いだり、遊んだりできなくなる。


 鬱陶しいと思っていたはずのそれが、いつしか、私にとって、居心地の良いものになっていた。きっと、そういうことなのだろう。


「……あたしが納得したい。ただそれだけです」


 なんと一方的な感情だろうか。自分の都合を押しつけて、その意味を深く考えもせず、私はこんなところまで来てしまった。いや、それを問うために、私はここまで来たのだ。自分自身を正当化することに、私は慣れている。


「では、こちらからも問おう。一体、どんな答えを返されれば、君は納得してくれるんだ? マナが女王になることは、生まれたときから決まっている運命のようなものだ。だからこそ、彼女には今まで、数多のものが与えられてきた。この国だけでなく、世界中の大勢の人間が、期待を寄せ、信頼してきた。マナが、王になるのを辞めると言ったら、君はその責任が取れるのか?」


 代理王は立ち上がり、なおも続ける。


「あれが、普通の才能しか与えられていなければ、どれだけでも取り返しがついた。マナはまだ、王にはなっていない。かけられた時間と金と愛情に目を瞑りさえすれば、それが、ただの押しつけだったと言い張ることもできよう。だが、問題はそこではない。──先代の魔王が倒されてから、もう、三十年近くが経とうしている。魔族が歳を重ねるごとに強くなるのは、君もよく知っているだろう。あれに対抗するのに、私では到底、足り得ない。──不気味なほどに、魔王は静かだ。行動の予測ができない。しかし、こうしている間にも、魔王や魔族は、確実に力を蓄えつつある。今、戦争でも起こされれば、私には、君を人質に取るくらいしか対抗する手段が思いつかない。そして、そんなことでは、魔王には勝てない。流れる血を増やすだけだ」


 魔王は魔族に対する愛情が深い。私がどれほど、魔族たちから嫌われていようと、魔法が使えない魔族であろうと、人質に取られた、などと知れたら、少なくとも、王都トレリアンは、一瞬にして滅びるだろう。代理王の推測通り、それでは、魔王に対抗できない。


「つまり、魔族と人間の間で冷戦状態が続いているから、優秀なマナを王にして、なんとか対抗しようとしてるってことですか?」

「肯定だ。それだけ、私と彼女では、与えられたものが違いすぎる。そして、それは、責任の大きさにも繋がる」

「……マナがいたところで、勝てるとは思えません」

「それは、君が彼女を知らないからだ。あれが王になれば、確実に魔王を倒し、あるいは、制圧するだろう。四世代、魔王を倒し続けて、やっと領地をここまで広げた。ここまで来るのに、百年だ。この、百年の勝利をもって、千年以上続いたこの戦争を終わらせることができると、私は確信している。私からは以上だ」


 私は、この王を説得することがいかに難しいか。それを思い知らされた。そして、どうあがいても、相容れないということを悟った。


「……それでも、やっぱり、マナに会わせてください」

「あれを説得すれば、魔族の敗北が決定しないからか」

「違います。上手く言えないけれど……どれだけ能力があっても、才能があっても、それだけじゃ、ダメだと思うんです。お願いします。話をさせてください」


 私はリュックを地面に下ろし、深く頭を下げる。きっと、代理王は、私の言葉などそう簡単には信じてくれない。当然だ。私は魔族なのだから。


 ただ、今の私にとっては、戦争や他人の命よりも、マナの方がよっぽど大事だと、そう思えた。出会ってまだ二ヶ月だが、月日の長さと繋がりの強さは関係ないと、私はそう思う。これもまた、身勝手な、自分を中心とした考えであることに変わりはないのだが。


「トイス。この者を捕らえろ」


 頭を上げて振り返ると、トイスは淡々とした様子で、しばらく、立ち尽くしていた。 


「──トイス。お前が成長できないのは、そういうところだ。感情だけで動いていては、国のためにはならない。奴らを手助けするふりをして、最後には裏切れと、そう言ったはずだが?」

「……そうなの?」


 私はリュックを前に抱え、何があっても、まゆを守れるように構える。トイスの瞳は揺らいでいたように見えたが、やがて、決心したようで、私の腕を掴む。


「いっ……!」

「マナ・クレイア。不法侵入の現行犯で、拘束させてもらう」


 私はリュックを落とさないよう、静かに床に置く。手を離した瞬間、両手が後ろで拘束された。その後で、床で寝ていた兵士や使用人たちがわらわらと立ち上がる。


 倒されていたわけではなく、そういう演技をしていたということか。ならば、この部屋に入った時点で、すでに退路は塞がれていたようなものだ。


「レックスとあかりはどうしたの?」

「──」

「トイス。余計な情報を与えるな」

「……行くぞ」


 私の拘束を兵士に引き渡すと、私の代わりにリュックを背負い、トイスは後ろからついてきた。これでトイスが口を滑らせることも、期待できなくなったわけだ。


「マナに伝えたいことがあるなら、一言だけ、伝えておいてやろう」


 意外にも、そう口にしたのは、玉座に座ったままの代理王だった。兵士たちとともに、私は足を止める。


「どうしても、一言だけですか?」

「あいにく、記憶力がなくてな。あまり長いものは覚えられない」

「冗談がお上手ですね。じゃあ、伝えておいてください。──お祝いは何がいい? って」

「──心得た」


 抵抗する術を持たない私は、そのまま大人しく、地下牢へと連れて行かれるしかなかった。

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