第2-25話 作戦を立てたい

 レックスに連れていかれたのは、こぢんまりとした建物の中だった。コンクリートの床と壁に、赤い二人がけのソファが二つ、低い横長の机を挟んで向かい合わせになっている。奥にカウンターのようなものがあり、棚が設置されているが、何も並んでいない。それ以外に目ぼしいものはなく、簡素な空間が広がっていた。


 そして、ソファには紫髪の男が座っており、こちらの様子をうかがっていた。


「……誰?」

「誰だと思う? ヒントは顔」


 あかりに言われた通り、顔を見つめてみる。瞳は夕焼けのオレンジ。髪は日が沈んだばかりの頃の西の空を思わせる紫。全体として、秋の夕暮れの空を思わせる。まだ幼さが残る顔立ちだが、このままでも十分に恵まれたものを感じる。


「マナちゃんに似てるねー」


 まゆがそう言った。私も同じ考えだ。


「もしかして、マナの妹?」

「妹じゃない。弟だ」

「声低っ」


 顔立ちはマナにそっくりで、可愛らしい。成長期というやつか。


「ねえねえ、トイス、これ着てみない?」


 割り込んできたあかりは、どこから取り出したのか、マナが着ていそうなドレスを少年の目の前に差し出した。彼が、宿舎で話していたトイスという人物らしい。


「着ない」

「こんな可愛いの着られるの、成長期前の今だけだよ?」

「別に。大人になって興味が湧いたら、そのときに着ればいいだろ」

「着たら、今、興味湧くかもしれないじゃん、ね?」

「今は、絶対に、着ない」

「マナにそっくりだし、絶対、可愛いんだから、着てよ! そして僕を喜ばせてよ!」

「俺はむしろ、あかりさんが男物を着てるところが見たい」

「いや、今は可愛いを極めてるから無理かな。そのうち気が向いたらねえ」


 淡々と話す少年だ。あかりに迫られても、少しも調子にブレがない。


「じゃあ、おじさんが着ようかなー」

「あ、レックス、興味ある? いいよ、そのときのために用意しておいたサイズの大きいのが……」

「冗談! 冗談な! そのときのためにってなんだよ! 用意すんなよ! 誰得だよ! 絶対嫌だよ!」

「僕得」

「お前、見境なしだな……」

「誰でも僕好みに可愛くする自信があるからね」


 あかりはどこかにドレスをしまうと、少し落胆した様子で、トイスの隣に座った。


「オレは外を警戒しておく」


 レックスは扉の近くに立ち、見張りをしてくれるらしい。私はあかりの向かいに座り、隣にまゆが座った。


「改めて紹介するけど、彼がトイスね。トイス・ゴールスファ。えーっと、第なんとか王子」

「第二王子だ。いい加減覚えろ」

「いや、覚える必要ないじゃん?」

「常識だ」

「それ、まなちゃんに言ってあげてよ。まなちゃんさ、昨日まで、マナがお姫様だってこと、知らなかったんだよ。ふはっ」


 あかりに半笑い気味に言われ、私は少し苛立つ。あかりに、というところが特に。


「まあ、そういうこともあるだろ」

「なんでまなちゃんには優しいのさ」

「あかりさんに気遣う必要を感じないだけだ」

「うわ、ひいきだ!」

「あかりさんが加わると話が進まないから、しばらく黙っててくれないか?」


 そう言われて拗ねたらしく、あかりは体育座りになって、毛先を観察し始めた。


「あたしはマナ・クレイア。こっちは、まゆみ。それで、早速、説明してもらっても?」

「……おう。この部屋の地下には、城に通じる通路がある。侵入するにはそこを通ればいい」

「本当に侵入できるわけ?」


 トイスはくりくりとした目を真っ直ぐ私に向け、頷く。


「この通路は、見つかってから絶えず監視がついてるんだが、その監視担当が俺だ」

「王子なのに?」

「そうだ。穴を埋めるまでの間、監視が必要だからな」

「トイスくんって、すごくいい子だねー」

「──話を続けるぞ」

「また無視だー」


 今のはまゆが悪い。タイミングというやつがある。


「肝心なのは、入ってからだ。城に仕える使用人は、それぞれ、お互いの顔と名前を把握している。つまり、変装して紛れ込んだところで意味がない」

「まあ、顔ごと変えるっていう手もあるんだけど、まなちゃんには無理だよね」

「……あんた、一分も黙ってられないわけ?」


 私がにらみを利かせると、あかりは辟易した様子で髪の毛を三つに分け、編み始めた。


「その上、姉さんがいるのは最上階。最上階に用があるときは、使用人が今日即席で作られた、七人グループで行くことになっている。当然、監視もついているし、姿を変えたところで、誤魔化すのは不可能だ」

「すごく面倒なことしてるわね……」


 一人でマナのところに向かえば、侵入者だと気づかれてしまうということ。しかも、そのグループのメンバーが、私たちには分からない。


「最上階手前までは、エレベーターで上れる。地上三十階分の高さだから、階段で昇るのはやめた方がいい。だが、最上階へ行くには、エレベーターの正面にある階段を突っ切るしかない。そして、階段には、そこそこ強い見張りが二人、ついている」

「そんなの、僕がサクッと……」

「監視にはルナとセレーネがついている。やめた方がいい」

「その二人を同時にかあ……厳しいねえ」


 あかりですら躊躇うほどの実力ということか。とはいえ、城の警備をしているわけだから、強いのも頷ける。


「部屋に鍵とかは?」

「姉さんが開けられる」

「そう。それなら大丈夫ね」

「よし、じゃあ、僕が時を止めてるから、その隙に──」


 さらっと、あかりがとんでもない発言をしたが、とりあえず聞き流す。


「時を操るには代償がいるだろ。やめた方がいい。それから、エレベーター内には当然、監視がついてる。その上、上から十階分はすべて、会議や応対に使われているから、使用人が自由に立ち入ることは不可能だ」

「王位継承の儀式と、歌を蜜にする儀式って、そこでやる感じ?」

「王位継承の儀式はな。蜂歌祭は民衆に公開するつもりだ。──だが、どの階のどの部屋で儀式が行われているかは分からない。知っているのは、兄さん──代理王と母上、それから、姉さんを案内することになっている、どこかの使用人グループだけだ」

「なるほどね」

「僕、全然分かんないけど、──控えめに言って、無理じゃない?」

「そんなことないわ、と、言いたいところだけど、全くその通りね」


 ふと見ると、まゆは隣で寝息を立てていた。飽きたらしい。まあ、楽しい話でないのは確かだけれど。


「最上階のガラスを割って入るのは? あかり、飛べるでしょ?」

「城門の門番が厄介だ。魔法で防ぐことができない投げ槍を、最上階まで正確に飛ばしてくる」


 私は先ほど話した、普通そうな門番を思い出す。あちらは無理そうだから、片割れの少し強そうな方だろうか。


「もう一人、門番がいると思うけど、そっちは?」

「そっちの普通そうな方は、不測の事態に備えて、時を戻す魔法具を──これ、言っていいんだっけ……」

「なんとなくダメな気がする」

「そうか。じゃあ、聞かなかったことにしてくれ」


 今さらな気がするが、それ以上は何も聞かないことにした。秘密を知ったからには生かしておけない、なんてことになったら困るし。


「仮に、あんたたち三人で強行突破したとして、どこまでいけると思う?」

「使用人たちの命と、城の形状さえ問わなければ、あかりさん一人で姉さんを連れて戻ることは可能だ。最上階以外を溶かして、姉さんだけ連れ出せばいい」

「溶かすって、何人殺す気……?」

「おお! それなら、あかりの首一つで済むじゃねえか! そいつは傑作だな!」

「めちゃくちゃ犠牲出てるし、僕の首飛んでるって!」

「でも、現実はそういうわけにはいかない。全員昏倒させるとか、眠らせるとかいうことも考えたんだが──」

「階段のところにいる二人が、どうしても強いのね」

「ああ。あかりさんとレックスさんの二人なら、まず、確実に勝てる。だが、そちらに戦力を割けば、他が手薄になる」

「あんたは戦えないの? トイス?」


 トイスは肩をすくめる。王子なのだから、訓練は受けていそうなものだが。


「トイスはね、人に魔法や武器を向けるのが無理なんだよ。絶対無理、吐く! ってほどじゃないけど、対人になるとめちゃくちゃ弱いんだよね。……でも、あれから、一年あったし──」

「……残念ながら。多少は改善されたと思うが」


 人を相手に戦うということには少なからず抵抗を覚えるものだ。それが、悪人でないのなら、なおさら。


「小さい頃、訓練が終わってから、姉さんと魔法で遊んでたときに、風で、誤って、姉さんの髪を切り飛ばしたことがあって……」


 腰辺りまであった髪が、肩の上までバッサリなくなったらしい。ただ、彼女の性格から推察するに、


「マナはそんなに気にしてないと思うけど?」

「そうなんだが、あのときの、髪が一気になくなる、パサッ──って感覚が忘れられなくてな……。姉さんは、ショートも軽くていいって言ってくれたんだが」


 それがどんなに昔のことで、小さなことであったとしても、トラウマというのは、簡単に乗り越えられるものではないのかもしれない。


「まあ、髪が切れるってことは、人も殺せるってことだもんね!」

「あんた最低ね……。自分もトラウマ抱えてるんだから、どれだけ嫌か、分かるでしょ?」

「いやいや、他人が痛くても、僕は痛みを感じないからさ」

「こんなことを言ってるが、あかりさんは以前、すごく親身になって話を聞いてくれたんだ」

「へえ……」

「やめてそういうのほんとめちゃくちゃ恥ずかしいから……!」


 赤面したあかりは、顔に髪の毛を巻きつけて、両手で押さえる。誉められるのは慣れていないのだろうか。面白い。


「とにかく、強行突破は最終手段にしてくれ」


 考えていることがすべて、上手くいかないということは、きっと、根本が間違っている。そういう考えを、私は日頃から持つようにしている。


「そ。じゃあ、残った方法は一つね」

「一つ? どんな?」


 マナを強制的に連れ帰ったところで、この問題は解決しないということだ。そもそも、私たちも連れ去られたことに対して、怒りを覚えたばかりではないか。

 そのとき、外が騒がしいことに気がつく。


「こっちか!?」

「あそこに扉があるぞ!」

「追っ手が迫ってる。急ぐぞ!」


 トイスが立ち上がって壁のある場所を押すと、そこは回転扉になっており、地下に繋がる隠し階段が現れた。

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