第2-21話 正しい答えを知りたい
桃色の頭髪を持て余していると、愛しい気配を感じるような気がして、彼女は窓の外を見た。以前、地下に穴を掘って侵入されたことがあり、それ以来、彼女の部屋は最上階に位置している。そして、一番近い壁より内側に、城からの死角などない。ここが、王都で一番、高い場所だ。
また、建物の裏となるような場所には監視カメラが設置されており、彼女の部屋からはそのすべてのモニターが見えるようになっていた。とはいえ、元からそうだったわけではなく、部屋に隠してあった充電式のパソコンで、城のセキュリティをハッキングしたのだ。こんなこともあろうかと、充電の完了したバッテリーと、携帯式充電器だけは常に持ち歩いていたのは幸いだった。
門から待ち人が来るのを、彼女はただ待っていた。残念ながら、魔法は腕輪により封じられており、彼女の高い戦闘技術と速い足をもってしても、簡単に脱走することは困難だと悟った。
というのも、時を止めることと、時を戻すことが可能な人物が城にはいるからだ。止まった時の中では、いくら彼女の能力が高くても、動くことすらできない。戻されれば、戻されたことに気づかない。そもそも、窓も扉も、人の腕では、到底、壊せない代物だ。
──脱走の手段がまったく思いつかないわけではないが。
「あれは──」
門が昨日ぶりに動くのを見て、彼女はただひたすらに、困惑する。そこに現れた白髪の少女は、門をくぐるなり私がいる城の最上階を見上げた。一瞬、目が合ったかとも思ったが、この窓は外向きには鏡になっているため、そんなはずはないと否定する。
「なぜ、まなさんがここに? 彼女がどうしようもないお人好しなのは、今さら語る必要のないことですが……」
門を通れたことはいいとしても、居場所がこんなに早く分かったこと。それが不思議でならなかった。
そのとき、扉がノックされて、彼女は意識を引き戻される。まなを窓から探し、リュックから何やら出しているのを発見した。辺りを気にしているところから、隠れなくてはならないようなものなのだろうと推測する。あの位置なら、確かに、監視カメラには映らないだろう。
「少しお待ちください」
しかし、私と、下の階の窓からも監視されているとは、少しも気がついていないだろう。それでも、せめて、今、扉の前にいる人たちには見つからないようにしようと、立ち去るまでの間、部屋に鍵をかけたまま時を待つ。そうして、まなが歩き始めたのを確認し、 パソコンを毛布の中に隠した。
「どうぞ」
「失礼いたします」
鍵を声で開け、来訪者を中に招き入れる。来訪者と表現してはいるが、やってきたのは客人ではなく、ここで働く使用人たちだ。
「マナ様。お決まりになりましたか?」
マナは使用人の顔ぶれを見て、その中に最も付き合いの長い人物がいないことを確認する。知らないわけでは決してなかったが、再度、確認し、彼女は改めて落胆した。とはいえ、それを表に出すほど、分かりやすくはない。
「紅茶を用意してくださいますか?」
その一声で、直後、湯気の立ったティーカップが目の前に置かれる。
「レイなら、声をかけなくても用意してくださいましたよ」
マナは分かりやすく、不機嫌に聞こえるような強い口調でそう告げ、カップを回して香りを感じる。
──まあまあ、といったところか。あかりが作った方が、まだましだ。
私は口もつけずにカップを置いた。
「申し訳ございません」
「謝ってほしいと頼んだ覚えはありませんが」
彼女に合わせることができる人物が希有であるだけで、彼女自身も、別に、合わせてほしいとも、謝ってほしいとも思っていない。ただ、嫌味を言っただけだ。こんな形で無理やり連れ戻されたのだから、気が立つのも仕方がないというもの。
そして、カップを傾け、琥珀色の水面に映る自身の姿を見て、マナは嘆息した。久しぶりに整然と着せられたドレス。時間をかけ、丁寧に結い上げられた髪。普段はしない化粧まで施されている。もともと、比べるものがないほどに整った見目が、さらに磨き抜かれて輝きすら放っている。
それらすべてに、彼女はわざと顔をしかめる。結ばれた髪をくしゃくしゃに引っ張り、袖で顔を拭き、紅茶を頭からかぶってやりたいと、考えつつも、行動はしない。ここまで準備することが、いかに労力のかかることであるか、理解しているから。
「ご決断はされましたか?」
「そうですね。あと少し待っていただければ決められると思います」
「一年前も、同じことを仰っていましたよね?」
さすがに、二度目は通用しないかと、彼女はため息の代わりに紅茶を一気に飲み干し、喉が焼ける痛みを無視して、頭をリセットする。むしろ、一年も逃げ続けられたと考えれば、たいしたものだ。
「別にこんな形でなくても、頼んでくだされば足を運びましたよ」
「一年かけてやっと掴んだ居場所です。また逃げられたでは困ります」
一年の間は、人目につかない場所を、徒歩で旅していたため、見つけるのはさぞ難しかっただろう。
ただ、高校に在籍すれば、生徒たちも彼女が王女であることには気がつく。その口すべてを塞ぐことが不可能である以上、どう考えても、隠し通すのは不可能だった。いずれ、居場所が知られることは分かっていたが、どうしても、入りたい理由があったのだ。
自分で決めたのだから、これ以上、不満を言っていても仕方がない。
「それで、どちらになさるんですか? クランの称号をお捨てになるか、女王の座を継がれるか。考える時間は、十分あったはずです」
物心ついたときから、ずっと、お前は女王になるのだと、言われ続けてきた。それを嫌だと思ったことはなかったし、自分が継ぐのがこの国のためになると心から信じて、覚悟を決めていた。
そんな表面だけの決意は、案外、あっさりと砕かれてしまったのだが。
「何を悩んでいらっしゃるのですか? マナ様は今までも、女王になるべくして、教育を受けられてきました。選ぶべきは一つでしょう?」
時間は決して、待ってはくれない。三百年に一度の、盛大なお祭り──蜂歌祭の場で、女王が即位したことを大々的に広報することになっている。だから、二日間の今、即位の儀式が急がれるのだ。
──もし、これが、本当のマナであれば、一体、どんな決断をしていたのだろう。答えは、知っているのだが。
「マナ様の即位に向けて、数千人単位の人間が準備をしてきました。その努力を、すべて無駄にされるおつもりですか?」
自分のために、多くの人が儀式の日を待ち望んでいるというのに、それが、私の返事一つですべて無駄になってしまう。この世の中で、彼女一人の存在が、一体、どこまで重くできているのだろうか。
「──分かりました」
「やっと分かってくださいましたか……! それでいいのです。さあ、行きましょう」
その励ましの言葉は、これで良かったのかと、却って、マナに強く疑問を抱かせるだけに終わった。
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