第2-16話 とにかく帰りたい

 さらに歩いて、屋台がまばらになると、視線の先に人集りができているのに気がついた。


「多分あそこね」


 私は近くまでいって、様子をうかがう。


「どうぞ、お通りください」

「おおっ、通れた通れた! あはっ、ありがとーっ。お仕事、頑張ってねん」


 なんとなく、見覚えがあるような気がしてその、フードを目深に被った女性を目で追っていると、隣から大声が聞こえてきた。


「なぜ入れないのですか!? 私は、マッハーヤ家の跡継ぎですよ!」

「お金ならいくらでも出すわ! 通してちょうだい!」

「マナ様以外が蜂歌祭で歌うなど、あり得ない! 王に抗議させてくれ!」


 ほとんどが、通れないことに対する抗議のようだ。最後に何か混ざっていたけれど。通れたのは、先程の元気な女性だけらしい。


「そこの方、審査を受けられますか?」


 その瞬間、抗議していた人々が、一斉にこちらを向く。ネコににらまれたスズメの気持ちがよく分かった。


「ええ、お願いします」


 私はまったく臆していないように装い、毅然とした態度で人混みの中を真っ直ぐ進む。自分が避けるのは嫌なので、道を開けさせる。


「では、こちらに」


 美人な女性の門番に癒されながら、案内された方へ進む。門は二枚扉になっているようで、門を一枚開けると、次の門までの分厚い壁の間に、ちょっとした空間があった。そこには、青い輝きを放つ水晶があり、台座の上に鎮座していた。


「ここに手を乗せてください」


 言われた通り水晶に右手を乗せるが、何も変化は起きない。魔法の水晶なので、反応するはずもないのだが。


「あの、あたし、魔法が使えないので……」

「え?」


 説明すると、女性は困惑した様子だったが、すぐに元の顔に戻る。


「どなたか、中にお知り合いの方はいらっしゃいますか?」

「マ──あー、えーっと……」


 正直にマナと答えそうになり、私は言葉尻を濁す。答えてもいいものかどうか、判断がつかなかったからだ。国の様子を見るに、マナが帰ってきたことを、国民は知らされていないのだろう。


 つまり、今、内側にいることを知っている人は、誘拐されたことも知っている。門番は国の人間だろうから、ここでは言わない方がいいかもしれない。


 例えるなら、誘拐犯に「うちの子、誘拐しましたよね?」とわざわざ言うようなものだ。と、あかりに説明する癖が出てしまった。


 しかし、中に誰も知り合いがいないとなると、身柄を保証してもらうのも難しいし、


「やっぱり、いないと通れませんか?」

「いえ。そんなことはありませんよ。単なる確認ですので。少しお時間をいただいて、色々と検査させていただければ」

「……ちなみに、それって、どのくらいかかりますか?」

「半日ほど──」

「ねね、門番ちゃん。その子、あたしの連れなの、れなの。入れたげてちょ?」


 門番から信じられないような時間を告げられそうになったそのとき、さっき門を通った明るい女性が戻ってきて、私にウインクをした、ように見える。というのも、フードを目深に被っており、顔がよく見えないのだ。


「れなさんのお知り合いでしたか。それなら──」

「いいえ。あたしはこんな人、存じ上げません」

「ちょっと!?」


 目を剥く女性に、門番は怪訝そうな顔をする。見たことがあるような気がするというだけで、誰かと問われて答えられるほど記憶ははっきりしていない。嘘をつくわけにもいかないので、私は正直に言ったまでだ。


「あらら? れなさん、まさか嘘をおつきに?」

「嘘じゃないってぇー! そっかー、あたしのこと、覚えてないのか……。あ、門番ちゃん、あたしの脳ミソ、調べてみてよ。ほらほら」


 門番は少し引き気味に、女性の頭に手をかざす。頭の中を覗くなんてことも、魔法ではできてしまう。とはいえ、かなり高度な魔法なので、できる人間はそういないだろうけど。


「これは……」


 すると、門番は突然、感情を押し殺したような表情になり、怪しい女性の方を細めた瞳で振り返る。


「ね? 入れたげて」

「──どうぞ、お通りください」

「結構です」

「結構ですっ!?」

「はい。あたし、今日は通れるかどうか、確認しにきただけなので。もしかして、その方がいないと、次からは通れませんか?」


 口をぽかんと開ける女性の横で、門番は冷静に告げる。


「いえ。記憶させていただきましたので。次からはすぐに通れますよ」

「すぐってどのくらいですか?」

「え? 数分もかからないと思いますが……」

「あ、すみません、変なこと聞いて」


 すぐや少しの基準は人それぞれだ。少しお時間よろしいですか、が、このように二ヶ月以上続くこともある。つまり、出会ったときからマナとあかりに付きまとわれていると言いたいわけだが。


「根に持つタイプだもんね、あはっ」


 そう、女性から言われて、私は少し、反応に困る。相手が私を知っているのは結構だが、私は彼女を知らない。そして、彼女は、


「れな、怖い人じゃないよ? 優しい人だお?」

「……」

「嫌わないでよ! ねぇーえ!」

「…………」

「子供じゃないってば! 立派な二十四歳だもん! ……え? れなは、人の心なんて読めないけど?」


 私を知りすぎているような気がする。私が何も言わなくても会話が進んでいく。彼女は一体、なんなのだろうか。怖すぎる。それに、すぐそこまで出かかっているのだが、なぜか、思い出せない。


「あ、時間だ! じゃあ、頑張って思い出しておいてね、まなちゃ! うぁー、やばいやばい!!」

「──まなちゃ?」


 どこかで聞いた呼び方だ。それに、あのイラっとする感じ、どこかで──、


「外までご案内させていただきます」

「……はい、お願いします」


 その場で思い出すのを諦めて、私は門を出た。通れなかったと思われたのか、同属を見るような視線を向けられたが、まったく気にならない。それよりも、帰りの道のりの方が、よっぽど憂鬱に思われた。

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