第2-17話 真面目に生きたい

 それから、道なりに進んで、先ほどの門まで戻った。身分証と許可証を見せると、ほんの数秒で門をくぐることができた。門の正面以外の放射状の道は、比較的空いていて、スムーズに進めた。駅員っぽいおじさんに感謝しながら、私は鍛冶屋を見上げる。


 ここから私の存在に気がつくだろうか。とはいえ、呼んでも聞こえないだろうし、壁を叩いたところで意味がないだろうし。どうしようかと思っていると、ちょうど上に人影が見えたので、私は手を振る。すると、それに応える形で鞄がふわっと浮いた。それに掴まり、上まで運んでもらう。何度やっても落ちそうで怖い。


「まなちゃんお帰りー、思ったより早かったね。無事みたいで何よりだよ」


 あかりに出迎えられて、私は鍛冶屋に入りながら、目的が達成できたことを告げる。


「入れたわよ。門の内側」


 私がそう告げると、あかりは笑顔のまま、硬直する。そして、私が椅子に腰かけると、


「えええっ!?!? 僕、一回も普通に通れたことないんだけど!!」

「あんたの素行が悪いからでしょ」

「まぁー、あかりはいいやつではあるんだが、最初のアレはまずかったな」

「ああ、アレね……」


 二人の間では共通認識ができているようだが、私には分からない。ただ、レックスとあかりの間には、私の知らない、共に過ごした日々があるというだけだ。気にもならない。


「もう一つ内側も行ってみたか?」

「ええ。そっちも通れたわ。次からは普通に通れるみたい」


 それを聞いた瞬間、場の空気が途端に静まり返る。そして、直後、レックスの豪快な笑い声が沈黙を破った。


「ハッハッハッ! そりゃあ傑作だ! すごいな、二号!」

「うっそ……」

「そんなに驚く? 本当は結構、緩いんじゃないの?」

「それはないな。実はオレも、立場がないと入れないって言われたのよ。特に大きな問題は起こしてないんだけどね」

「まあ、あんた性格悪そうだし」

「本当にレックスは性格悪いから仕方ないと思うけど? 喜んで誘拐するくらいだし」

「別に喜んでやったわけじゃ……って、性格悪いってなんだオイ」


「でも、二つ目は通れるんでしょ?」

「おう。屋台が見たいってんなら、付き合ってやるぜ?」

「おじさんと二人は、ちょっと」

「おじさん泣いちゃうよ?」

「あんたの涙なんて、何の脅しにもならないわよ」


 しくしく、と口で言いながら泣くフリをするレックスに私は呆れてため息をつく。たまたま視界に入ったあかりは、私たちを見て、目をぱちくりさせていた。


「屋台? え、何それ、僕知らないんだけど?」

「トレリアンは、かなりお祭り好きだぞ? あ、そっか、お前、アレだから参加させてもらったことねぇのか」

「そんなの聞いてないって! ねえ!」


 いかにも何かやらかしそうだが、参加させてもらえないというのは、少し可哀想な気もする。本当に少しだけ。


「そもそもお前さん、ここより内側は出禁だろ?」

「いや、そうだけど。そろそろよくない? もう一年くらい経つしさ」

「一年も女王をふらふら連れ歩いてたのがあかんのじゃねえの?」

「いや、そうですねえ。ほんと、その通りですわ」

「え、あんた、王都で出禁されてるの……?」

「まなちゃん、引かないで!」


 私でも通れたのに、まさか、通れないかもしれない、ではなく、出禁とは。まあ、一年も王女を連れ歩いていて、王都に入れるだけでも、かなり温和な対応と言えるのかもしれないが。すると、さっきまで寝ていたまゆが私の背中にはい上がってくる。


「お腹空いたー」


 と、まゆではなく、私のお腹がきぅぅ……と、可哀想な音を立てた。結構、長い距離を歩いたので、自覚しているよりも体は疲れたらしい。


「……レックス、何か食べるものある?」

「それを、明日買いに行く予定だったんだよ。お前さんたちが早く来すぎたせいで、オレの分のカップラーメンが一つしかねえ」


 ここまで来るとさすがに察するが、どうやら、彼は一人暮らしをしているらしい。


「一人だからって、食事を蔑ろにしちゃダメよ。一人暮らしだからこそ、何かあったとき、誰も助けに来てくれないんだから」

「あ、はい、気をつけます……。え、何? 二号って、いつもこんな感じなん?」

「そうだよ。間違ったことは言ってないんだけどさ、うん」

「宿題やって、真面目に授業受けて、先生の言うことをきちんと聞いてたら、あたしは何も言わないわ。あんたがあたしに言わせてるんでしょ?」

「はいはい、気をつけまーす」

「母親みたいなこと言うなぁ……」


 レックスは後頭部をガシガシかいていた。一方、母親、という響きに思うところがあって、私は一時、口をつぐむ。


「まあ、買いに行けばいいじゃん。僕、買ってくるよ」

「ついでにトンビアイス買ってきて。あたしとお姉ちゃんの分、二つね」

「あー……はいはい。レックスは?」

「ほぁ? あー、オレはいい。これで、テキトーになんか買ってきてくれ」


 そう言って、レックスは赤いお札をヒラヒラさせて、あかりに手渡す。


「おつりはお小遣いでいい?」

「渡す側の台詞だろーが」

「ありがと。行ってきまーす!」


 あれは、お小遣いにならないと分かったら、きっちり使いきるタイプだろう。計算ができないくせに、いかにも、そういうところだけ、ちゃっかりしていそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る