第1-14話 指輪をもらいたい

「──これでちゃんと保存できてるの?」

「うん、バッチリだよ」


 カメラで撮るわけでもないので、本当に映っているのか疑わしい。魔法が使えない私には確認もできないし。


「これは、まなさんが持っていてください」


 マナから手渡された指輪は、かろうじて親指にフィットした。もともと、どの指につけるものか知らないが、手が小さいので、それ以外、サイズが合わなかった。


「あたし、こんな高そうなもの、もらえないんだけど」


 なんかキラキラしているし、大粒だし、希少らしいし。


「魔力付与可能のピンクトルマリンは、おいくらくらいですか?」

「贈った人に悪いから、ちょっと言えないかな」

「まなさんの想像よりは遥かに安いようですよ。なので遠慮せず、私からのプレゼントということで」

「いや、でも……」


 しかも、誰かからの贈り物だと思うと、さらに受け取りづらい。まあ、中身を上書きした時点で、受け取ったときとは別のものになっているわけだが。


 マナが早く手放そうとしているところを見るに、何かいわく付きなのだろうか。タダより高い物はないとも言うし。


「まなさんがもらってくださると、私が嬉しいので、贈った人も嬉しいでしょう。それに、あかりさんの顔なんて、魔力込めてまで見たくないですし」

「だいぶ失礼だよ!?」


 あかりとマナがわちゃわちゃと騒いでいるのを意識から外し、私はしばし、熟考する。


「まなはどっちがいいの?」


 そう、まゆに尋ねられ、私は。


「……本当に、もらっていいわけ?」


 魔法を使えない私には、映像を見ることはできない。それに、正直、まったく好みではない。──とは言わないけれど、ここまでもらってくれと言われて断るのも、失礼な気がする。


 それに、どちらかといえば、少しだけ、欲しい。


「──はい。あかりさんもいいですよね?」

「そうだね、まなちゃんが持ってるのがいいと思う」


 あかりの肯定を受けて、マナは花も恥じらうような笑みを浮かべた。こんな笑顔が見れるなら、贈った人とやらも、本当に喜んでいるかもしれないと思うほどに。


***


 その後、無事に片付けは終わった。指輪は箱に入れて、毎日磨くことにした。ヒビが入っていて、いつ割れてもおかしくないからだ。


「まな、友だちから初めてプレゼントしてもらったのが、そんなに嬉しいんだー」

「会ってまだ二日だし、友だちじゃないけどね」

「嬉しいんだぁー??」

「お姉ちゃんうるさい」


 きっと、誰かからものをもらった経験がほとんどないから、こんなに嬉しくなってしまうのだ。ただ、それだけだ。磨いた指輪を月明かりにかざすと、その光の中に、先ほどの映像が浮かんで来るような気がした。


 私は、まゆみさえいればそれでいいと、本気で、そう思っている。それでも、二人と友だちになれたとしたら。


 そんな、まゆみとは関係のない願いを、私はこの日、ひそかに抱いた。


 そして、私は指輪をそっと箱にしまう。


「ふぁー。眠くなってきちゃった……。ねー、まな、ベッドまで運んでー」

「仕方ないわね……」


 上に運ぶのは難しかったので、私はまゆを、下のベッドに寝かせる。まゆは寝入るのが本当に早い。


「おやすみ、お姉ちゃん」


 私は上のベッドに上がり、横になる。そうして、右腕を捲れば、腕にはびっしりと傷が刻み込まれている。そこには、新しいのも古いのもある。


 そして、そのすべてが「まゆみ」の文字を象っていた。


「まゆみ──」


 もし、あのとき、引っかかれたのが右腕だったら、この傷を見られることになっていただろう。本当によかった。


 まだ痛む傷の一つを、私はそっとなぞった。

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