第1-13話 お礼がしたい

 その日は学校が休みだったので、マナとの約束の日に設定していた。私もすっかり風邪が治り、むしろ、休んだ分だけ快調だった。


「その節はお世話になったわね」

「全然気にしなくていいよ。こっちが勝手にやっただけだし」

「むしろ、得した気分です」


 謙虚なあかりと、やけに嬉しそうなマナに、感謝と疲労を覚え、私はため息をつく。


「それで、何を手伝えばいいわけ?」

「部屋の片付けを手伝ってください」

「は? どういうこと?」

「いや、アイちゃん言ってたじゃん。部屋に入れないって」


 思い返すと、そんなことを言っていたような気もしなくはない。扉は内開きなので、それが事実なら、一大事だ。


 そして、あろうことか、それをそのまま放置していたらしい。


「しばらく、まなさんの部屋の前で寝られて幸せでした」


 知らない間に、部屋の前で寝られていたらしい。怖すぎる。それこそ、風邪でも引いたらどうするのだろうか。


「馬鹿じゃないの? さっさと片付けましょう」

「えへへ」

「僕も手伝うよ」

「わたしも遊びに行くー!」


 魔法で荷物をどかし、なんとか動くようになった扉を、マナがそっと開けると、さっそく段ボールの雪崩が起きた。私はマナの下から手を伸ばし、そっと扉を閉める。


「やっぱりやめていい?」

「見捨てないでください」


 引き受けてしまったので仕方ないけれど、対価と報酬が釣り合っていないような気がする。いや、ノラニャーのことも入れれば、十分か。そう思うことにしよう。


「とりあえず、段ボールの中身を確認しましょう」


 私は箱を開封しながら整理していく。中身は珍しいものばかりで、何に使うのか、見当もつかない。整理しようにも、どう仕分ければよいのか、さっぱり分からない。


「……ん、これは──」


 ふと、宝石のついた指輪を見つける。七色の輝きを放っており、高そうで触れない。それにしても、箱に入っていないむき出しのままというのは、どうなのだろうか──と、対応に困っていると、マナが横から指輪を拾い上げる。


「指輪ですね」


 そう言うと、マナはそれを片手で粉砕した。


「うわ、えぇっ!? すっごく高そうだったけど!?」

「はした金です」

「ええええぇ……!」


 なんとか、忘れようとするが、残念ながら、衝撃的過ぎて、バッチリ記憶に刻まれてしまったようだ。


「ああ、それ、プレシャスオパールだよ。しかも、魔力が込められる、結構レアなやつ。まあ、壊しちゃったみたいだけどねえ」


 あかりは大して気にした風もなく、そう言ってのけた。動揺しているのは、私だけらしい。まゆは砕けた欠片を見て、「キラキラだー!」と、喜んでいた。破壊の神でも、もう少し驚きそうなものだけれど、そういった様子は私以外には見受けられない。


「やけに詳しいわね?」

「ああ、宝石にハマってた時期があって」

「ふーん。魔力を込めるとどうなるわけ?」

「思い出を閉じ込めておけるんだよ。こんな感じにね」


 あかりの手には、ピンク色の宝石の指輪がはめられていた。瞬間、辺りの景色が一変する。


「うわあ! 何これ!」

「すごいわね……」


 緑の草原に、桃髪のポニーテールが揺れていた。背中に達するほどの長さのそれが、少女が走るのに合わせて、ふわふわと揺れる。光景はその姿を必死に追いかけていた。


 今よりも少し小さなマナが走っている。ただそれだけなのに、とても幸せな気持ちになる。


「……やめてください」


 マナがあかりから指輪を取り上げ、その光景は途中で終了となった。指にはめ、魔力を込めて使うものらしい。魔法の使えない私だけではこの映像は見られないということか。


「マナちゃん、可愛かったねー!」

「すごく、幸せそうだったわ」

「──昔の話です。もう壊していいですか?」


 マナは壊したくて仕方ないといった様子で、手を震えさせていた。壊すほどだろうかとは思ったけれど、


「持ち主はマナなわけだから、好きにすればいいんじゃない?」

「待って待って待って!」


 あかりが慌てて制止するが、そんなものは耳に届いていないとでも言わんばかりに、マナは指輪を粉砕せんとする。ヒビが入った音がしたが、あかりはなんとか、原型を留めているうちに指輪を取り上げた。


「待ってって!」

「なんですか、そんなもの見せてきて。嫌がらせですか?」

「ごめんごめん。でもさ、壊すくらいなら、書き換えればいいじゃん?」

「──なるほど。まなさんと私のランデブーに上書きすればいいわけですね」

「そうそう……いや、みんなの思い出にね!?」


 マナは私と二人で映りたいらしい。一方、あかりはみんなで映りたいそうだ。まゆは知らないうちに床で寝ていた。興味がないらしい。


「まなさんは、どっちがいいんですか?」

「どーでもいいわ」

「どうでもいいんですか……」


 かくいう私も、興味はなかった。それを聞いたマナは、残念そうにうつむいた。


 結局、全員で映ろう、という話になった。本当にどちらでも良かったが、普通は全員で映る流れだと思う。

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