第1-12話 面倒ごとは避けたい
市街地のど真ん中で放火した、という今の状況に気がついたそのとき、縫いつけられていたケロガーの舌が、光の粒子となって消えた。つまり、倒したということだ。
「消火して! 早く!」
「仕方ないですね」
マナが指を軽く振り下ろすと、空から大量の水が降ってきて、すぐに蒸気が上がった。おそらく、火は消えただろう。鉄板で焼く音を凝縮したかのような轟音が辺りに満ちた。
そんな音を立てていたら、夜中とはいえ、騒ぎにならないはずもなく。
「サイレンが聞こえますね。それから、人の気配も」
「さすがに、あれだけ派手にやればね……」
「逃げましょうか」
「当然よ」
マナは私を抱え、走り、あかりとまゆを回収して、宿舎へと戻った。ノラニャーはあかりがすべて倒したのか、一匹も残っていなかった。
***
──翌日。引っ越した宿舎にも当たり前のように届いた手紙には、「友だち二人もできて良かったね!! 初友、おめでとう!!」と書いてあった。クラッカーやハート、旗などの絵も描かれていたが、もちろん、破り捨てた。
南向きの窓から、光が射し込んでいた。いい天気だ。
学校は、昨日の一件で持ちきりだそうだ。少し前から、ケロガーとノラニャーのことは問題視されており、色んなところに依頼が出されていたとか。まあ、友だちのいない私に、知る由はないけれど。
「それをあんなにあっさり倒すとはね……」
「ノラニャーとケロガーが離れていたので、偶然倒せただけです。それに、まなさんも、一撃与えていたじゃないですか」
「あれは、パニックだっただけ。ほとんど何も覚えてないわ」
あれだけの水を出して消火していた人間が、偶然倒せただけなど、冗談もほどほどにしてほしい。
ちなみに、ケロガーは意外にも俊敏なことで知られている。普通、攻撃など当たりようがないのだ。だからマナもああして動きを封じたのだろう。それに、
「あたしが何もしてなくても、マナには倒せたでしょ」
「どうでしょう。それより、あかりさん。あれだけのノラニャーを相手によく無傷でしたね?」
マナがあかりに矛先を変える。人間がモンスターに痛みを与える行為は、基本的に禁止されているが、理不尽なことに、モンスターから受ける攻撃は、人間を傷つけるのだ。私はノラニャーにひっかかれた、左腕の傷を指でつつく。まだ痛い。だが、左腕でよかった。
「必死だったからね。アイちゃんに拾われるまで、人に囲まれてるのにも気づかなかったし」
寝静まっていた住民が起きて、様子を見に来ていたのだ。ノラニャーの鳴き声があまりにもうるさかったのだろう。とはいえ、あれは、見世物だと思われても仕方がないと思う。ノラニャー百匹斬りショー、みたいになっていた。実際に斬った数は、百では足りないと思われるが。
「でも、結局、地図使えなかったね」
「いいえ、絶対に散策して──へくちゅっ」
「ちゃんと寝ててよ?」
「……分かってるわよ」
あかりに諭されて、私は渋々肯定の意を示す。
私はあの後、気を失い、目が覚めると風邪を引いていた。そして、二日目にして学校を休んだ。今は昼休憩の時間だ。
ふと見ると、まゆは丸まったままの地図を見つめていた。何が面白いのだろう。まあいいけど。
朝は、学校に行こうとしていたのだ。風邪ごときで休むなんて、単なる甘えだと。しかし、二人に止められた。
朝の会話だ。
「まあ、今日は大人しく寝てなよ。どうせ、最初だから、聞かなくてもいい説明が多いだろうし」
「ノートは取っておきますね」
そう、あかりとマナに説得される。だが、それはただの甘えだ。
「いいえ、意地でも受けてみせるわ……っ」
「これに関しては、諦めてください」
ベッドから起き上がろうとすると、マナにいとも容易く戻された。最初こそ、授業は大事だと思うのだけれど。
もちろん、最初じゃなくても全部大事だ。先生から説明してもらえるチャンスを棒に振るしかないなんて、この風邪はなんと忌まわしいのだろうか。
「まな、起き上がるのも無理でしょ? それに、ゆっくり休んで治す方が賢いと思うけどなー」
この姉はまったく、こういうときだけ正論を言ってくる。確かに、風邪を拗らせるよりは、体調を万全にして望んだ方がいいのかもしれない。
「まあいいわ。うつすといけないから、出てって」
「嫌です」
「嫌です!?」
マナの予想外の返答に、私は素直に面食らう。
「だって、見張ってないと無理しそうじゃん?」
「ぐっ……」
「あはは、図星だねー」
あかりにさえも、気づかれていた。本当に嫌なやつらだ。私の意思と反対のことばかりさせようとしてくる。
「……分かったわ。大人しくしてるから、学校に行きなさい」
「約束ですよ。私の手伝いの件も、忘れていませんよね?」
マナの手伝い──ああ、ノラニャーのときのあれだ。
「……ええ、もちろん、忘れてないわよ、ええ」
「まなちゃん、絶対忘れてたよね」
「そんなわけないでしょ」
あかりというやつは、妙に勘が鋭い。
──という経緯で、私は渋々、学校を休むことにした。そして、昼。昨日の一件が学校で騒ぎになっていることを知らされた。
そう、二人は、わざわざ、休憩時間を返上して、私の様子を見に来てくれたのだ。歩いて五分とはいえ、手間だっただろう。
「トンビアイス買ってくるから、お金ちょうだい」
「それも忘れてたわ……はい」
私はちょうど、四人分のトンビアイスのお金を渡す。奢ることになっていたのを、すっかり忘れていた。
「あれ? なんか多くない? 僕、お金の計算とかできないけど」
「一人分、多いですね」
「やっぱ、多いよね。おかしいよね?」
「あたしの分を買ってこないつもり……? お釣りはなしだから。よろしく」
そうして、二人は走って出ていった。トンビニはそれなりに遠いはずなので、走って間に合うか、不明だ。特に、あかりの方が。
「あーあ、トンビアイス食べたいなー」
「今、買いに行ったばっかでしょ?」
「食べたいなー。食べたいなー」
「しつこい」
まゆから顔を背けるために私は寝返りを打って、壁を見つめる。そして、いつの間にか、額に貼られていた、おでこが冷んやりするシート、通称、冷えるっピに手を当て、目を閉じる。
──そのまま眠ってしまったらしい。目が覚めると、ずいぶん日が傾いていた。
備えつけの冷凍庫には、二個、トンビアイスが入っていた。
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