第1-11話 ケロガーを倒したい

「さすがですね、まなさん」

「最悪だわ……」


 巨大なカエル型モンスター──ケロガーの後ろにある巣には、他の人たちから盗んだと思われるものが様々散らばっていた。


 そこに、光の粒が集まってきて、元の形──ノラニャーの姿に戻ると、ノラニャーたちは再び、あかりの元へ二足で駆けていく。


「ケロガーの巣はここではありませんから、ケロガーさえ倒せば、ノラニャーは解散します」


 ケロガーが巣に戻れば、守ってくれる存在を失ったノラニャーは、別の協力者を求めて巣から離れることになる。その状態で倒せば、近くにある別のノラニャーの巣と合併する。


「それはそうだけど……、どうやって倒すの?」

「丸焼きにしてしまいましょう」


 マナはそう言って、指を弾くと、指先に火を灯した。それを、巣に向かって発射する。


「何してんのっ!?」

「丸焼きにするには、火が必要ですよ?」

「盗まれたものを持ち主に返してあげるとか、そういう考えはないわけ……?」


 それを聞いたマナは、少しの間、私の顔を見つめていたが──、


「ありませんね。どちらにせよ、持ち主も分かりませんし」

「そういうことじゃ──」


 マナに反発しようとすると、急に、辺りが薄暗くなった。何かと、見上げると、そこには巨大なカエルの顔があった。


「うわあっ!? えいっ!?」


 私は思わず、懐に常備しているナイフを振るう。このナイフはモンスター用で、人間には効かないが、モンスターを巣に返す効果はある。もっとも、そうでなければナイフなど携帯できないけれど。


「けろおー」


 喉がぱっくりと裂かれ、真っ赤な血飛沫が私の顔を濡らす。べっとりとしていて気持ち悪いが、それもこれも、倒せば消える。


「けろろーん」

「痛くはないはずよね。そう、痛くないし、傷も巣に戻れば治るから大丈夫。多分。──でも、触感が気持ち悪い!」


 なんとも不快な気持ちで、血と粘液のついたナイフとケロガーを見比べる。すると、ケロガーは、口を大きく開けた。大きなカエルだ。私の体くらい丸のみできるに違いない。喉の奥まではっきり見える──。


「ぐえっ」

「大丈夫ですか?」


 気がつくと、マナに抱えられて、ケロガーから離れたところにいた。その、二十メートルはあろうかという距離を、ケロガーは一度の跳躍で詰めてくる。


 地面が揺れ、隆起する勢いを利用して、マナは後方に跳んで距離を取った。すると、ケロガーは弾丸のような速度で、舌を真っ直ぐ伸ばしてきた。私には速くてよく見えなかったが、マナはそれを跳んで横にかわす。


 そうして、何度か後退し、舌の届く範囲から逃れるが、その度に、すぐ距離を詰められてしまう。


「マナ、あたしを下ろしなさい。あたしがいると、魔法が使えないでしょ」


 私は魔法が使えない。その上、私に触れていると魔法が使えなくなる。だから、マナは先ほどから攻撃できないのだ。


「離して食べられでもしたらどうするんですか。ケロガーは人くらい、三秒で骨ごと溶かしますよ」

「やっぱり下ろさないでくれる!?」


 よっぽど美味しそうに見えるのか、ケロガーは私ばかりを狙ってくる。 もしかしたら、狙われているのはマナかもしれないが、最初のことを考えると、やはり、私を狙っているのだろう。


「まなさん、そのナイフ、お借りしてもいいですか?」

「え、ええ……。何する気?」


 マナは私を片手で抱え直すと、


「先に謝っておきますね」


 と、一言断った。私が何かを言うより先に、マナが投擲用ではないナイフを地面に向けて鋭く放つ。放たれた小型ナイフは、ケロガーの分厚い舌をアスファルトの地面に縫いつけた。まさに、弾丸を銃で打つようなタイミングだ。


 しかし、引っ張れば抜けないこともないだろう。その上、ケロガーはあのナイフでは痛みを感じないから、どれだけでも無理が利く。このまま動きを封じておくには限界がありそうだ。


 ──その瞬間、私はケロガーに向かって、上空に投げ飛ばされた。


「え──」


 ケロガーの目は私を追い、大きな口は私の落下を待ち望んでいた──と、ケロガーの姿が消えた。自分が落下していることも忘れ、その光景に呆然としていると、


「ぐえっ」

「大丈夫ですか?」


 マナに片手で受け止められる。


 少し経って、私は、は、と息を吐き出した。


「ケロガーは?」


 マナは私が見やすいように向きを変えてくれる。そこには、ひっくり返されて、丸焼きにされているケロガーの姿があった。


「あれ、熱いんじゃ……?」

「大丈夫ですよ。きっと」

「けろろーん」

「断末魔の叫びに聞こえるけど……」


 マナは反対の手にナイフを持っていた。そこには、ケロガーの舌先がしっかりと刺さっていた。もちろん、血は流れている上、痙攣して生き物のように蠢いている。


「何が起こったの?」

「風で吹き飛ばしただけですよ」


 舌が千切れて飛んでいくほどの風が、魔法で起こせるのだろうか。普通の人には無理だ。となると、この子は魔法も強いらしい。


 ケロガーはそのまま、周りのものを巻き込んで燃え盛り、少しずつ、動かなくなっていく。


「思ったより、よく燃えるわね」

「綺麗ですね、まなさん」

「確かに綺麗──じゃなくて!」


 暗くてよく見えなかったと言い訳しておくが、炎に照らされているここが市街地のど真ん中であることを、私はたった今、思い出した。

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