第1-10話 ノラニャーから逃げたい

 私たちは必死に逃げた。細い道を通ったり、駐車場や敷地を通ったり、屋根を走り抜けたり、とにかく、無我夢中で逃げた。


 ふと、後方のあかりが先ほどより遅いように感じ、注視すると、その腕にはノラニャーが抱えられていた。


「なんでノラニャー持ってんの!?」

「──あ、ほんとだ! なんか走りづらいと思ったんだよね!」

「ラーウ」

「わー、可愛いねー!」


 相変わらず、マイペースなまゆと、なぜかノラニャーを持っているあかりに、私は絶句した。あかりはノラニャーを置くに置けず、結局、抱えたまま走っていた。


「逃げてばっかじゃどうにもならないわね……。逃げるしかないけれど」


 足音はもう、かなり近くに聞こえる。とはいえ、追われているのは地図を持っているマナのはずなので、彼女が追いかけて来なければいいだけなのだが。


「マナについてこないでって言ってきなさいよ」

「いや、さっきから電話かけてるんだけどさ……あ。よく考えたら、僕、着信拒否されてるんだった」


 いや、着拒って。あんなに優しそうなマナがそこまでするとは、余程の理由があったに違いない。


「あんた何したのよ……」

「まあ、色々とね。ははは」

「捕まえました」

「ひっ……」


 右腕を捕まれ、私は反射的に振り向く。


 ──追いつかれた。


 そして、マナの後ろから、あり得ない数のノラニャーが走ってくる。


「地図です、どうぞ」

「い、いらない!」

「……え」


 マナに渡された地図を思わず放り投げると、その先にはあかりがいた。すると、ノラニャーたちは、矛先をあかりに変えて、揃って向かっていく。


「ちょ、ちょ待っ──ぎゃーっ!」


 私はマナに抱えられて、塀を伝い、屋根の上に移動させられる。魔法も使わず、人を抱えてあっという間に屋根に上るとは、恐ろしい身体能力だ。


 安全なそこからあかりの様子をうかがうと──意外にも、一匹ずつ、確実に風の魔法で首をはね、冷静に対処していた。精確すぎて怖い。


 ちなみに、魔法で攻撃したところで、モンスターは死ぬわけではない。ただ、一定のダメージを与えられると自動的に巣に戻る仕組みになっているだけだ。しかし、


「えぐいわね……」

「痛みなどは感じていないと思いますが?」

「そうだけど、そういうことじゃないと思うの」


 ネコの首が血とともに飛ぶ光景を、まともに見られる方がどうかしている。すぐに光の粒子になって消えるとはいえ。


「わー! 赤ーい!」


 まゆはといえば、血を浴びて楽しんでいた。すぐ消えるからといって、そんな楽しみ方をしないでほしい。


「ねえこれ、倒してもすぐに巣から戻ってくるじゃん!」


 あかりの叫び声で、私とマナはやっと気がつく。


 モンスターを倒しても、巣に戻るだけなので、倒されたノラニャーが再び巣からこちらに向かってくるのだ。近くに巣があるというのなら、痛みを感じないノラニャーたちは本能に従い、いつまでもやってくることになる。


 ──それよりも、彼はいつまで、そのノラニャーを抱えているのだろうか。


「巣を撃破するしかなさそうですね」

「は? 地図を渡せば済む話でしょ? そんなに高くもないし、また買えば──って、ちょっと!?」


 私はひょいとマナに担がれる。なんという力だ。


「まなさん。勇者とは、勇気ある者のことを言うんですよ」

「それが何!?」

「それから、勇者とは、諦めない者のことを言うんですよ」

「あっそう、で!?」

「行きますよ」

「人の話を聞き──ぐへぇっ!」


 マナはそのまま俊足で走り始める。私を担いでいるのに、まったく速度が変わらない。この子は、色々とどうなっているんだ。


「巣には、ノラニャーより強いモンスターがいます。何がいると思いますか?」


 箱の中身を見ずに当てろと言われたようものだ。分かるはずがなかったので、私は一番、あってほしくないものを答える。


「そうね……ケロガーとか?」

「正解は、大きなカエルです」


 立ち入り禁止の看板を無視して進むと、あっという間に巣にたどり着いた。先ほど、マナは地図を取り返したときにここまで来たため、場所を記憶していたのだろう。


 隠れて様子をうかがうと、そこには、私の背丈の二倍ほどのカエル型のモンスター──通称、ケロガーがいた。

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