第1-9話 ノラニャーを捕まえたい

 そうして、歩くこと約三十分。一向に先ほどのノラニャーとマナの姿は見当たらなかった。


「三十分も追いかけっこしてるって、あんた本気でそう思ってんの?」

「まあね。アイちゃんなら、三十分くらい全力疾走できると思うよ」

「マナの方は知らないけど、ノラニャーの方が持たないでしょ?」

「……はっ、確かに!」


 私は頼る相手を間違えたのではないかと、眉間のシワを指で伸ばす。あの速さなら、すぐに捕まえていてもおかしくないと思うのだが。


「……あれ、ここ──」

「ん、どうかした?」


 そこは、今までとは違い、明らかに、見覚えのある通りだった。私に見覚えのある通りといえば、今のところ、宿舎から学校とトンビニまでの通りしかない。そして、ここは後者だ。


「あ、まな。地図、取り返せたー?」


 そう話しかけてきたのはまゆだ。


「まだ見つかってないわ」

「そうなんだ。頑張ってねー」

「相変わらず、他人事ね……」


 まゆは、トンビニの駐車場の隅の方で、じっと星を眺め始めた。まあ、まゆに頼ろうとする方が間違っている。


「──ラー」


 その鳴き声に、私は咄嗟に振り返る。後ろ足で立つネコ──ではなく、ノラニャーだ。実は、マナを追う最中にも何匹か見かけたが、地図をくわえているものはいなかった。


「あれ? まなちゃん、このノラニャー、地図持ってった子だよ?」


 あかりは何も盗られる心配がないのか、不用心にノラニャーに近づき、頭を撫でる。


「ラーガブ」

「痛い」


 噛まれていた。すぐに魔法で治していたけれど。


 一方で、私は盗られるものなど、レシートだけ入っている財布以外何もないが、警戒して距離を取っていた。


「地図は持ってないみたいだけど? ネコ違いじゃない?」

「いやあ、それはないと思うけどなあ……」


 仮に、あかりの言葉を信じるとしても──あれだけの大冒険をしておいてたどり着く先が元の場所、という人を信じられるかどうかは微妙だが──このノラニャーが地図を持っていないのは確かだ。それならば、地図は一体どこにいったのだろうか。


 あかりはノラニャーを抱き上げ、撫でながら目を閉じる。


「うーん、困ったねえ……」

「なにか分かったの?」

「それがさあ。この子、別のノラニャーに地図を渡したみたいで、どうなったか知らないって」


 動物の言葉でも分かるのだろうか。魔法で動物と話せるなんて、ファンタジーの世界だけだと思っていたけれど。


「マナはそっちを追いかけてるわけね。それで、どこにいるわけ?」

「この近くに、ノラニャーの巣、みたいなのがあるのかな? そこにいるっぽい」

「巣にまで持ってかれたら、取り返すのはもう無理ね……」


 ノラニャーの巣には、数多くのノラニャーが集まる。そして、だいたいの場合、ノラニャーよりも遥かに強いモンスターが近くにいて、巣を守ってもらっていることが多い。


 そして、一度、巣に持ち込まれたものが奪われるのを、ノラニャーたちはとても嫌がる。おそらく、そんなことをしたら、取り返すまで追いかけられ続けるだろう。


「お姉ちゃん、帰りましょう」

「地図はいいの?」

「諦めるわ。盗られたあたしも悪いし、次から気をつけるしかないわね」


 そうして、まゆを伴って踵を返そうとすると、あかりが声をかけてくる。


「え、まなちゃん、帰るの?」

「ええ。そろそろ日も越すだろうし、また汗かいたから、シャワー浴びて寝ないと。明日も学校でしょ」

「それはそうだけど……」

「マナにも、取り返さなくていいって伝えておいて。迷惑かけたわね」

「いや、それがさ──」


 歯切れの悪いあかりの様子に眉をひそめると、宿舎の方向から、地鳴りのような音が聞こえるのに気がついた。


 その音と振動は、こちらに近づいてきており──、


「まなさん、取り返しました!」


 嬉しそうに地図を手に走ってきたのはマナだった。──その後ろを、ノラニャーの大群が追いかけてくる。その数、およそ、五百といったところか。


「──逃げるわよ!」

「言われなくても!」

「わーい、鬼ごっこだー!」


 私の声にあかりが答え、走り出す。必死な私たちと対照的に、まゆだけが、どこまでもマイペースを崩さなかった。

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