第1-8話 トンビアイスを食べたい
そうこうしているうちに、目的地の前に着いた。大手コンビニチェーン、トンビ二トラレル──通称、トンビ二。または、トントラ。イメージカラーは赤みの茶色。鳶色だ。
「じゃあ、僕、チキトラ」
「私はポテトラでお願いします」
「わたしトンビアイス!」
あかり、マナ、まゆと続く。
「……え、あたしが奢るの?」
「それは気持ち次第ってことで。まあ、奢ってくれると、次も助けが来る、かも?」
「それに、魔法が使えないくせに、お人好しのまなさんは、色々と巻き込まれやすいかと……」
「トンビアイス食べたいー、まな、買ってー」
またしても、あかり、マナ、まゆと続く。まゆだけ毛色が違うが、これは、噂に聞く、カツアゲというやつだろうか。
まあ、先の危機を救ってもらったことを考慮すれば、十分に釣り合う範囲ではあるのだが。問題はそこではない。
「……あたし、地図のお金、きっかりしか持ってきてないんだけど」
そう告げると、あかりが、え、と声を漏らす。
「無駄遣いする気、ゼロじゃん!? 嘘でしょ!?」
「ほんとだよー。まなはね、そーゆー子なの」
そういう子とは何なのかと思いつつも、若干、申し訳ない気持ちになる。
「仕方ないですね。お金は出すので、買ってきてください」
マナがそう言って、鞄を漁る。これが俗に言う、パシりというやつか。まあ目的のトンビニは目の前にあるのだけれど。
「ねーねー、トンビアイスはー?」
まゆがしつこくそう聞いてくる。買うと言うまで言われ続けそうだ。仕方ない。
「トンビアイスは明日買ってあげるから──」
「え、明日トンビアイス奢ってくれるの??」
「さすがまなさん、気前がいいですね」
あかりの声を受けて、マナは出しかけた財布を鞄にしまった。
「いやっ、ちが……」
「ありがとう、まなちゃん!」
「ごちそうさまです」
結局、二人の勢いに押し負けた。トンビアイスは、チキトラとポテトラの軽く三倍の値段だったはずだ。それを三本も買えとは、こいつらは悪魔よりも非道だ。まゆに一本と思っていたのに。
「えー、明日ー?」
まゆは不満そうだったが、その不満は、私が地図を買っている間になくなったらしく、トンビニから出てきたときにはすっかりいつも通りに戻っていた。まったく、安いものだ。
ともあれ、私たちは帰路につく。なんやかんやと話しながら歩いていると、一匹のネコが、私の足元にすり寄ってきた。先ほどのネコに似ているような気もするが、よく覚えていない。
「あ、まなちゃん、さっきのネコだよ」
「ネコの顔なんていちいち覚えてないわ。全部同じでしょ」
「同じではありませんよ」
マナから正論を浴びせられて、果たしてそうなのだろうかと考えつつ、私はしゃがむ。そうして、ネコの頭を撫でようと、そっと手を伸ばすと──急に飛びかかられた。驚き、尻餅をつく私に振り向きもせず、ネコは後方に向けて歩いていく。
「びっくりしたー……ってあれ、地図がない」
咄嗟に振り返ると、ネコが地図をくわえて、こちらを見つめているのが見えた。
──加えて、そのネコは二足で立っていた。
「あのネコモドキ……!」
「ラー」
そう鳴くと、ネコモドキは後ろの二本の足で駆け、逃げていく。
「待ちなさい、ノラニャー!」
私はすぐに、走って追いかける。しかし、ネコ型モンスター──通称、ノラニャーは、想像していたよりも走るのが速かった。
一般に、人の物を盗む習性があるのが、ノラニャーだ。最大の特徴は、ネコのような見た目でありながら、二足歩行であること。
「ちょっと! 買ったばっかの地図、返しなさいよ!」
「ラーウ」
ノラニャーは民家の塀にジャンプで飛び乗り、ネコの体でやっと通れる、狭い路地を通って逃げようとする。路地と言うより、家と家の隙間だ。そこに逃げ込まれたら、到底、追いかけることなどできないが、そんな想いとは無関係に、足の速さでどんどん引き離されていく。
「あそこに逃げられたら、厄介そうだねえ……」
「道を塞ぎましょう」
知らないうちについてきていた二人が、なにやら、話を進めていた。マナが手のひらを向けると、その先にあるアスファルトが割れ、土の壁が盛り上がり、ノラニャーの通り道を塞ぐ。
「魔法──」
こうして見る機会は多いが、実際に使えるわけではないので、何度見ても少しだけ感動する。だが、今はそちらに気を取られている場合ではない。
ノラニャーはその道が通れないと判断すると、迷いなく、別ルートを選択する。
「さすがネコ、速いわね……」
「私が取り返してきます」
そう言って、マナはあっという間に私を追い抜き、風のような速さでノラニャーに迫る。
「速っ」
「アイちゃんは五十メートルを五秒くらいで走れるからねえ」
「は? 嘘でしょ? 世界記録狙えるじゃない……って、それよりもあかり、なんか、遅くない?」
声がやけに遠くから聞こえるように感じ、振り返ると、あかりの姿は遠すぎて、影しか見えなかった。私は追うかどうするか悩み──マナを信じて、足を止めることにする。
「大丈夫?」
「うん、体力だけはあるから。十三秒くらいだけど。あ、五十メートル走ね?」
「おっそい……」
「これでもだいぶ速くなったんだってば」
なんとなく、あかりは足が速そうだと思っていたのだが。人は見かけによらない。
「あれ、アイちゃんは?」
「あっちに走っていったわ」
まゆはおそらく、最初からついてきていないだろう。今頃、トンビニの前でタンポポでも探しているに違いない。
「もう影も見えないね」
「追いかけないと……いや、でも……」
私もあかりも、マナほど足が速いわけではない。どう考えても、追いつくのは不可能だ。
「んー、じゃあ、近道していこうか?」
「あのノラニャーがどこにいるか分かるの?」
「まあねー。魔法でちゃちゃっと」
それは、かなり高度な魔法だ。もしかしたら、あかりは魔法がかなり得意なのかもしれない。
「こっちが近そうだよ。行こう」
マナを追いかけるために、細い通りを抜ける。やっと、広い通りに出たと思ったら、今度は駐車場のようなところを通らされた。さらに、明らかに人の敷地と思われる場所にまで足を踏み入れる。先ほどから、変な道ばかり通らされる。
「……これ、人の家の屋根じゃないの?」
「そうだよ。でも、こっちが近道だから」
心の中で家主に謝りながら、私はあかりに続き、平らな屋根の上を渡る。落ちたら大変だと、細心の注意を払い──、
「うわあっ!?」
「あかり!?」
目の前の影が急に消え、私は下を覗く。次の屋根へと渡るときに、あかりは落ちかけた。──いや、正確には落ちた。魔法でなんとか助かったようだが。
「ここの幅、七十センチくらいしかないけど……。てか、最初から魔法で渡れば?」
「いやあ、このくらいなら大丈夫かなって思ったんだけどなあ」
「むしろ、落ちに行ったように見えたけど?」
「両足でぴょーんってね、はは、あははは、あはははははは……」
私も落ちるとは思っていなかった。遅いなりに助走もつけていたし。まあ、踏みきったときに、これは駄目だ、と確信したけれど。
もちろん、私は難なく飛び越え、次の屋根へと移る。
「ねえ、本当にこんなところ通る必要あるわけ?」
「それは保証するよ。こっちが近道」
「暗いし、あんまりこういう道は通りたくないんだけど」
そういうと、あかりは指先に火の玉を出現させ、辺りを照らし、どや顔をしてきた。
「……通りたくないの方がメインなんだけど」
「あ、そうなんだ。ま、これくらい、大丈夫大丈夫」
「さっき落ちたばっかじゃん……」
どちらにせよ、こんなところに置き去りにされても困るので、私はあかりについていくことにした。
「うおおっ!! 落ちたあっ!」
──とても、心配だったけれど。
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