第1-7話 木登りをしたい
地に足を下ろした私は、混乱したまま、しかし、まゆの手はしっかりと握る。
そして、なぜか、あかりとマナも一緒に地図を買いに行くことになった。
「今どき地図買う人って、もはや、絶滅危惧種じゃない?」
「は? 何言ってんの? 買う人がいるから売ってるに決まってるでしょ?」
「だってさ、地図とかもはやスマホで出せるじゃん?」
「あたしはスマホなんて持ってないから。それに、全員が持ってるわけじゃないでしょ」
「まあ、そうなんだけどねえ」
まだ何か言いたげな様子のあかりを視界から外し、反対を見ると、ふと、マナが虚空を指でなぞっているのが目に入った。
「何してんの?」
「少しばかり、緊急のクエストが入りまして」
スマホというやつは、本人以外には見えないらしい。クエストというと、ゲームか何かだろうか。そういうことにはあまり詳しくない。だが、
「歩きながらやるのは危ないわ。家に着いてからにしなさい」
「はーい」
虚空を指で二回つつくと、マナは私の背後から抱きつき、頭に顎を乗せてきた。身長差がはっきりと分かってしまうのに加え、押さえつけられると背が縮みそうなので止めてほしい。今からせめて、十センチは伸びる予定なのだから。それを、無言で訴えると、マナは渋々離れていった。
「それにしても、痛そうだねえ」
「もう少しゆっくり近づけば、驚かせなかったかもしれないわね」
ネコにひっかかれた傷を見る。肘の下をガリッといかれた。かなり痛い。
「魔法で治さないの?」
──魔法。そう、本来、これくらいの傷ならば、誰でも魔法で簡単に治せる。この世界で魔法は、ご飯を食べるのと同じくらい当たり前に存在する。ご飯を食べたことのない人間はこの世にいないだろう。しかし、
「あたし、魔法使えないから」
私は、魔法が使えなかった。魔法が使えなければ、スマホも使えないし、傷も治せない。世界の文明は魔法とともに発展してきた。
ただ、魔法には永続的な効果がないものが多いので、それを補うために科学文明も発達した。空飛ぶ車も、乾燥機のついた洗濯機も、星空のような夜景もある。とどのつまり、私が生活を送る上で、生活に大きな支障はないのだ。
とはいえ、この世界で魔法が使えない人など、かなり珍しいため、いつも、なかなか信じてもらえないけれど。
「へー、魔法使えないんだ。なるほどねえ。ちょっと傷見せて」
あかりがひっかき傷に手をかざすと、その周辺が柔らかい色の光に包まれる。
「あれ? 治んないなあ……」
「魔法が使えない人間の魔力分子は非活性になるから、あたしに魔法は効かないわよ、って、それより……疑わないの?」
「何を疑うんですか?」
マナが桃色の髪を揺らして、黄色の瞳に疑問の色を湛える。あかりもその答えを待っているかのように、私に視線を向ける。
「あたしが魔法使えないって話」
「いや、魔法使えてたら、そもそも木登りしないでしょ。風で包んで降ろしてあげればいいんだから」
「それが万人にできるかと言われると、微妙ですけどね」
「あー、そっかあ。でも、魔法使えても、普通、木には登らないよねえ?」
「まなさん、優しいですね」
あかりに馬鹿にしたように言われ、マナには花が咲いたような笑みを向けられ、私は眉間にシワを寄せる。
「あたしはただ、見返りを求めてただけ。それに……そう、木登りがしたい気分だったの」
「あ、なるほどねえ。登りたくなる形してるもんね」
「その感覚はこれっぽっちも理解できないわ」
「まなさん、好きです。愛してます」
あかりのてきとうな肯定を否定すると、急にマナに後ろから抱きつかれて、またしても、頭に顎を乗せられる。
「ずいぶん軽い愛ね……」
言葉にも重みがないが、こうして寄りかかられても、かなり軽い。一体、普段、何を食べているのだろうか。
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