第1-5話 計画通りに進めたい

 扉を開けると、部屋は右奥に向かって広がっていた。二段ベッドが左の壁沿いに備え付けられており、右の壁際にはキッチンがある。


 トイレとお風呂は共用ではなく、部屋ごとに別々に設置されており、私の部屋にはキッチンの奥にあった。その他、備え付けられている家具や備品は暗い赤色をしたものが多い。冷蔵庫は白だけれど。


 ひとまず、玄関に荷物を置き、私は呆れて、ため息をつく。今から、部屋の整理をするのだが、


「こんな感じなんですね」

「やっぱ、二人部屋だけあって広いねえ」

「いいでしょー、えへへ」


 私より先に、来客が勝手に足を踏み入れていた。当然、マナとあかりだ。まあ、部屋の整理と言っても、たいしたものは持っていない。せいぜい、服と本くらいだ。


 その本ですら数冊を除き、他は売ってしまったので、いよいよ、服しかない。とはいえ、備え付けの家具が優秀なので、暮らしには全く困りそうにもないが。


 そうこうしているうちに、まゆが二段ベッドの上を陣取り、服のまま横になる。別に上でも下でもいいが、許可を取るくらいはしてほしかった。


「で、なんであんたたちは、あたしたちの部屋でくつろいでるわけ?」


 マナとあかりは、不法侵入だけでは飽き足らず、さらには床に寝転がってまでいた。自分たちの荷物をその辺りに放り出して、自分の部屋から持ってきたと思われるお菓子を食べ、やりたい放題だ。


 などと考えていると、あかりは知らない間に、買ってきた食材を自分の部屋の冷蔵庫に入れてきたらしい。やることが早い。


「……いやあ、一人暮らしって、寂しいじゃん?」

「部屋に入れないので……」

「ふーん。まあ、いいけど」


 私の問いかけに、あかり、マナと、理由を答える。それを聞いて、私は部屋で過ごすことを許可する。


 ──何か衝撃的なことを言われた気がするが、私には関係のないことだ。それに、どうせ言い訳されるだろうと予想はついたため、追い出そうとする方が面倒くさいと判断した。


「え、ツッコミなし?」

「は?」

「嘘でしょ? まなちゃん、耳ついてる?」

「あんたの目は綿かなんかでできてるのね」


 よく分からないことであかりに絡まれて、私は首を傾げる。耳がついていることくらい見ればすぐに分かるだろうに。


「綿……? 柔らかそうだね?」


 おそらく、全く意味を理解していないであろうあかりを意識から外し、早々に宿題を始めることにした。


 その日はまだ、渋々ではあったが、二人もやるふりをしていた。まゆは、初日からやる気など微塵も見せずに、ベッドで爆睡していたけれど。


 そして、夜の気配が近づくと、二人はそれぞれの部屋へと戻っていった。


***


 私はまゆの寝顔を見ながら、今日は外出できそうにないと、小さくため息をつく。


 私たちにとっては普通なのだが、風呂とトイレ以外、私とまゆは別行動を取らない。今日はこの後、周辺の地図を買いに行く予定だったが、まゆを起こすのは可哀想だし、目が覚めたときに私がいなかったらまゆが寂しがるだろうし、何より、何をしでかすか分からないまゆを、一人にしておくのは私が不安で仕方がないし。


「諦めるしかなさそうね……」


 私は右腕を反対の手で掴み、しばし熟考する。予定が狂うと、私は弱い。空いた時間がどれだけあっても、代わりに何かをするというのが、できない。


 すべきことはたくさんあるのだが、果たして、どれから手をつけたものかと、思考を巡らせているうちに、時間だけが過ぎていき、結局何もできずに終わってしまうのだ。


 そして、それは、今日も例外ではなく、何をしようかと考えていただけなのに、気がつけば小一時間が経過していた。やっと、時間の浪費に気がつき、とりあえず、晩ごはんのために米を炊こうと、勢いよく立ち上がった瞬間、


「うーん……っ! よく寝たー!」


 まゆが目を覚ました。非常に、タイミングが悪い。もちろん、起きたことに構わず炊く準備をすればいいのだが、起きたのなら今やる必要もないと思ってしまう。そして、私は、まゆがいる二段ベッドを見上げる。


「……起きた?」

「うん、起きたー!」


 上段に、起き上がったまゆが伸ばした腕が見えた。彼女は目覚めがいい。目を覚ました瞬間から、元気全開だ。


「地図、どうするの?」

「あ、そっか。買いに行く予定だったもんね。どこに売ってるんだっけ?」

「買い出しのとき、マナに聞いたでしょ。忘れたの?」

「忘れちゃったー」


 にへらと笑うまゆの顔に、私は赤い瞳を細める。まゆは思ったことをそのまま口にする性格だ。また、誰かと話すときは、自分が加わりたいときだけ参加し、それ以外はたいてい、その辺のものに目を奪われており、道路の真ん中を気づかず平気で歩いたりもする。そのため、絶えず見ているか、手を繋いでいないと不安で仕方がない。


「別に、急いでるわけじゃないよねー?」

「急いでるけど?」

「えー、どうしても、今日じゃないと、ダメ?」


 まゆは首を傾げ、上目遣いで水色の瞳を潤ませて、私を見つめる。くっ、可愛い。だが、


「そんな顔してもダメです。絶対に、今日じゃないと」

「はあー、融通が効かないなあ」

「なんですって?」

「地図なんて、別に明日でもいいじゃん。めんどくさいー」

「はいはい。ほら、行くわよ」


 なんと言われようと、今日でなくてはいけない。なぜなら、明日の放課後、地図を使って、周辺を散策する予定であり、その他の時間は勉強をすると決めているから。──ただ、それだけだ。散策の前に買いに行くことはしたくない。


 私は自分でも嫌になるほど、予定を崩されることが嫌いで、無理をしてでも思い通りに行動しないと、気が済まない性分なのだった。


「夜の外出は控え、頼まれたことは、素直に聞き入れましょう、ね──」


 ふと、今朝の紙のことが思い出されたが、頭を振って、無理やり忘れることにした。

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