第5-6話 霊解放に参加したい

「時計塔って、何?」

「国の最高機密です」

「そんなものをあたしみたいなのに見せていいわけ?」

「まなさんは、魔王の娘じゃないですか。つまり、魔族の王女ということですよね?」

「まあそう言えなくもないけど、あたしみたいな魔法も使えないのが、女王になることはまずないわよ。魔王の血筋が根絶やしにでもなれば、話は別だけど」


 そうなることはまずないだろうし、なってほしくないというのが本音だ。戦争など、起こらないに越したことはないのだから。


「それより、あたし、魔族だけどいいの?」

「これは国の秘密です。当然、人間の王族だけでなく、魔王の側にも伝わっています」


 私は嫌な予感を覚えた。それでも、マナに連れられるまま、風に乗り、王都を囲む森の上を飛んでいく。


「どこまで行くの?」

「あそこです」


 上から見ると、森の中に大きな湖があった。そして、その傍らに、二つの影が見える。


「お待たせしましたか?」

「案ずるな。こちらも今来たところだ」

「やあやあ、あたしのお姫ちゃん! 今日も可愛いねっ。それと……まなちゃも。お久しぶりー」


 そこにいたのは、魔王とれなだった。私はマナの後ろに隠れる。


「あらぁ、すっかり嫌われちゃった。お姉ちゃん、かなぴー」

「すみません、まなさん。騙すつもりはなかったんですが」

「言い訳なら聞くわよ」

「はい。ここには、魔王と国王のみ、立ち入りが許されます。しかし、今の国には国王がいません。そこで、次期女王である私が行くことになったんです」

「そこまではいいわ。続けなさい。問題は、なんでれなと、あたしまでここにいるのかってことよ」

「先ほども説明した通り、ここには、魔王と国王しか入れません。でも、霊解放は時計塔でやることが決まっているんです」

「それで?」

「霊解放には、霊が見える者が二人、必要なんです。霊が見えないことには、解放の儀式が成功しているか確認する術がありません。また、迷子になっている霊や、悪霊などもいるそうなので、案内をお願いしたいんです」

「れなには霊が見えるってこと?」

「そそ。あたし、幽霊見えるの。お揃いだね、まなちゃっ!」


 私はマナの後ろにさらに隠れる。話したくないという、意思表示だ。れなはおどけて、悲しそうなポーズを取っていた。


「とはいえ、まなさんは、数合わせのようなものなので、れなさんに任せておけば大丈夫です」

「おん! どーんと、任せて! トーリス号に乗ったつもりで!」

「それ、沈没船の名前でしょ……」


 思わず突っ込んでしまった後で、私はマナの後ろに隠れる。


「お姫ちゃん、顔がでれでれだよ?」

「まなさんに頼っていただけるなんて、幸せの極みです。ああ、可愛いです……!」

「それで、時計塔とやらはどこにあるわけ?」


 身の危険を感じて、私は話題を変える。


「湖を覗いてみろ」


 魔王に言われた通り、私は湖を覗き込む。すると、中に巨大な塔が見えた。茶色の石で造られた、大きな塔が、まるで水面に映っているかのようだが、湖の上にそんなものは建っていない。


「そろそろ開けましょうか」

「承知した」


 マナと魔王が空間から鍵を取り出し、その手に持つ。そして、湖の中に、同時に差し込む。すると、──がちゃりと音が鳴った。


 瞬間、鍵が消え、代わりに湖の中から、円形の塔の頭が現れる。塔はそのまま、天まで届きそうなほどにその背を伸ばし、入り口を見せて止まった。


「さあ、行きましょう、まなさん」

「ええ……」


 私は差し出されたマナの手を、半ば無意識に取り、時計塔の扉に向かう。鍵のかかっていないその扉を開け、私たちは中に入った。


 不思議な構造をしていた。中には柱の一本もない。天井に設置されている窓まで、一階から真っ直ぐ見通せた。


 上に行くには壁沿いに設置されたらせん階段を利用するしかなく、二階より上は真ん中の空洞を囲むように壁際にのみ通路がある。最上階まで行こうと思ったら、果たして、どれだけかかるだろうか。


 ふと、私は魔族の解放霊のことを思い出す。


「あれ、魔族の霊解放は、二十五日よね?」

「はい。そのときは、魔族の霊を解放します。今は、人間の霊だけです」

「へえ……」


 しかし、儀式に参加している半数以上が魔族なのだが。


「時計塔という場所が、特別なだけです。塔を開けるために魔王の力が必要なので。魔族の霊解放には、私は参加しません」

「魔族の霊解放はどこでやるの?」

「毎年変わります。今年はどこで開催されるんですか?」


 マナが魔王に尋ねると、魔王は口角を片方だけ上げた。話しかけられて嬉しいのだろうか。


「領土もすっかり縮小してしまったからな。ヘントセレナで行うしかあるまい」

「次は、国全体で一斉にやる行事になってるといいね! お姫ちゃん、お父さん、まなちゃ!」


 なるわけがない。あと数年もしたら戦争が起こる。ここにいる四人のうち、果たして、何人が生き残るだろうか。今は平和を装っていても、魔族と人間の溝は、まだ深い。トーリス・クレイアとレイノン・ミーザスにより始まった千年の戦争は、きっと、魔族と人間のどちらかが滅びるまで終わらないのだろう。


 れなも、それを分かって言っているのだ。だから、そこに水を差すようなことはしない。


「まなさんは、壁でも眺めててください」

「壁っ!?」


 急にそんなことを言われて、硬直していると、マナがはっとした様子で、私を抱きしめて、頭を撫で始めた。


「申し訳ありません、説明が足りませんでした。まなさんにどっか行ってろとか、そんなことを言うつもりは毛頭ありません。本当です。まなさん、愛してます。信じてください。ごめんなさい。よしよし」

「え、ええ、ええ……」


 本気で驚いた。ビックリした。心臓が凍るかと思った。そのまま、私はマナに運ばれて壁へ近寄る。


「何か見えますか?」

「何かって言われても。何も見えないわ」

「──そうですか。壁に触れても変わりませんか?」


 触れて、私は首を傾げる。


「やっぱりあんた、あたしに何か恨みでもあるんじゃないの?」

「そんな酷いことしません。私がまなさんを嫌いになるわけないです」

「なんで?」

「まなさんが大好きで、心の底から愛しているからです」

「だから、それがなんでって聞いてるんだけど──」

「お姫ちゃんお姫ちゃん。魔王も暇じゃないらしいから、ちゃちゃっとやっちゃってぇ」

「……はい」


 れなに呼ばれて、マナは中央へと向かった。そして、れなは私の隣に寄ってきた。


「何か用?」

「──まなちゃ、本当に、何も見えてない?」

「どういう意味?」

「んーん。見えてないなら、いいのん」


 そう言って、れなは壁を上から下に、指でなぞる。


「覚えてる」

「は?」

「この塔だけは、ちゃんと、覚えてるから」


 れなにそう言われて、私はリュックをかけ直した。まゆはきっと、寝ているのだろう。動く気配がない。


「──始まったね」


 マナは部屋の中心で何かを唱え、天井に向けて、魔法を放つ。──すると、そこから、霊が溢れ出した。雨のように降ってくる霊たちを眺め、これだけいれば、見かける数も増えるはずだ。


「じゃ、れなは幽霊たちのお世話してくるから、まなちゃは壁でも眺めててねー」


 そう言って、手を振りながら、れなは階段を駆け上がって、霊たちに声をかけていた。マナは、相変わらず、何かを唱えている。聖書朗読というやつだろうか。


「壁ね……」


 何も見えないとは言ったが、本当は、指を置いた部分にだけ、傷のような物が見えていた。手を離せば次第にもとに戻るのだが。


 れなのように、壁を縦になぞると、その一線だけ、無数の傷が現れる。手のひらを当てれば、ちょうど、手のひらくらいの大きさの傷──ではなく、文字が現れた。そしてすぐに、何もない壁に戻る。


 私は下の方に手のひらを当て、歩きながら見ていく。誕生、死去、即位、召喚、戦争、終戦、などの文字列が見受けられた。恐らく、上には名前や年月日が記載されているのだろう。


「時計塔って名前なのに、時計がないからおかしいとは思ってたのよね」


 つまり、この建物自体が大きな時計であり、壁面に歴史を刻んでいるのだろう。そして、そのうちの一つを上になぞると、とんでもない文字列が浮かんだ。


「榎下朱里 死去……?」

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