第5-5話 王都に帰りたい
トレリアンに入る列など、無視しても通れそうなのに、マナはわざわざ並んでいた。そして、前後になった人たちと話したりしていた。もちろん、マナであるということは伏せて。
門をくぐって、変装を解けば、すれ違うほとんど全員から呼びかけられ、マナはそのすべてに丁寧に対応していた。
「誰か迎えに来たりしないわけ?」
「断りました。警備がついていては、皆さんに顔をお見せできませんから」
「断ったからって、本当に来ないの……?」
「いえ、その辺にたくさんいますよ」
どうやら、わたしが気づいていないだけで、護衛はすでについているらしい。だが、こうして皆に顔を見せられるくらいには、遠くにいるらしい。
そうして、城につくまでに、三時間ほどかかった。
「お帰りなさいませ、マナ様」
扉をくぐると、使用人たちが礼儀正しく整列しており、一糸乱れぬ動きでマナを出迎えた。私はその迫力に気圧される。
「お出迎えありがとうございます。お兄様はどちらに?」
「エトス様は、モノカ様と共に、宝物庫の方に向かわれました。すぐにお戻りになられるかと」
「そうですか。トイスは?」
「トイス様は時計塔周辺の警備をなさっています」
「あの子は、また貧乏くじを……でしたら、お兄様とお姉様が戻るまで、先に妹と弟に顔を見せてもよろしいでしょうか?」
「もちろんです。どうぞ、ご案内いたします」
私はわずかに緊張しながら、マナの後ろについていく。前は必死で気がつかなかったが、城の空気は苦手かもしれない。
「おねーさまー!」
そう言って、通路の向こうから、小さな影がいくつも走ってくる。数えてみると、歩くのすら覚束無いのも含めて、なんと、八人もいた。
使用人がマナの前に出て制止する。
「こら。お部屋でお待ちするよう、お伝えしたはずですが?」
「だってー、おねーさまに会いたかったんだもん」
「おねーさま遊んでー!」
「おねーさま抱っこー!」
「おねーさまおねーさまー」
マナはちびっ子たちにぐいぐい引っ張られていた。大人気だ。
「静まりなさい!」
使用人の一声で、子どもたちは、しんと静まり返る。
「お出迎え、ありがとうございます。続きは、お部屋に戻ってからにしましょうね」
「はーい!」
隣から、使用人のため息が聞こえて、私は思わず苦笑する。ふと見ると、ちびっ子のうちの一人が、私の裾を掴んでいた。一番大きいちびっ子だ。残念ながら、私よりも背が高い。
「どうしたの?」
「お姉さん、もしかして、まなさん?」
「え、ええ、あたしは、まなだけど」
「やっぱり! お姉様がいつもお話ししてるの。まなさん、まなさんーって」
「そう……」
こんなに小さな子どもたちにまで、一体、私の何を話しているというのか。聞きたいような、聞きたくないような。
「まなさんも、遊ぼう!」
「え、でも」
何かやることがあるから呼ばれたのに、子どもたちと遊んでいてもいいのだろうか。ちらと、使用人の方を見る。
「どうぞ、遊んであげてください」
「行こ行こ!」
私は手を引かれるまま、子どもたちについていった。
***
「マナ様。エトス様とモノカ様がお戻りになられました」
その声で、私はやっと、ちびっ子たちから解放される。髪の毛は引っ張るわ、服によだれはつけるわ、よじ登ってくるわ、本を読め、絵を描け、こっちを見ろ、と同時に言ってくるわで、私は疲れ果てていた。
「またね、小さいまな!」
「ばいばい、ちびまな!」
「元気でね、小さいお姉ちゃん!」
「小さい小さいうるさいわっ!」
「あはははは」
もう二度と遊んでやるものかと、心に誓った。着ていた制服は洗濯してくれるらしく、そのうちクリーニングに出さなければと思ってそのままだったので、むしろ助かった。私は城で用意された服に着替える。
「あんた、すごい人気だったわね」
「幼いうちから手懐けておかないと、将来、暗殺でもされたら困りますからね」
「何その黒い理由……」
微笑ましい光景が、私の中で、突然、ブラックに変化した。それを聞いた使用人が失笑する。
「マナ様は、よく魔法通話で王子様、王女様にご連絡くださいます。誕生日や記念日にはご自分でプレゼントをご用意なさって、手紙と一緒にお寄せになったり」
「──普通にいい子じゃない」
「別に、その方が都合がいいだけです」
「あんた、変なところで素直じゃないわね……」
楽しそうに見えたのは、気のせいではなかったと思う。そのとき、使用人の足が止まった。見ると、そこには、以前にも見た、玉座の間へと通じる扉があった。
「どうぞ、お入りください」
重厚な扉が開かれると、そこには、見覚えのある光景があった。玉座にエトスと現女王が座っていた。今回は、傍らにモノカという、マナの姉も立っている。
「……」
「……」
誰も何も話さない沈黙がその場に訪れた。私はどうしてよいか分からず、内心で困惑する。
「ちょっと。お兄様もマナも、どうして何も話さないのですか?」
沈黙を破ったのは、赤髪に黄色の瞳の女性、モノカだった。その声を合図に、マナは私の手を引いて、エトスの方へと歩み寄る。
「……ただいま戻りました」
「よく、帰ってきたな。無事で何よりだ」
「何もあるわけないでしょう。戦場に赴いていたわけじゃないんですから」
マナは私の腕を自分の方に寄せて、じっとエトスを睨む。仲が悪いのだろうか。
「心配のし過ぎだと、お前は言うかもしれないが、お前の命を狙っている者はこの世に五万といるんだぞ?」
「知っています。だからと言って、毎日毎日、二十四時間、ただ宿舎と学校を行き来するだけの生活に、百人も護衛が必要ですか?」
「百っ!?」
私は思わず叫んでしまってから、ぺこぺこと頭を下げた。声がよく響いた。
「万が一のことがあってはならないんだぞ?」
「はっきり言って、無駄です。護衛なんて、二人、多くても三人もいればこと足ります。三人で回せないような護衛は不要ですし、あの百人よりも、私一人の方がよっぽど強いです」
「だが──」
「あの中から三人選んで、他は解雇しておきました。次の勤め先も斡旋しておきましたので、ご心配なく。口止め料も払っておきました」
「お前はまた勝手に……」
「お兄様がいつまで経っても王になれないのは、用心深すぎるからです。人は回すべきところに最低限の人数だけ配置する。お金は不用意に使わない。どうせ、備蓄などといって、何年後に使うかどうかも分からない在庫で倉庫が溢れかえっているのでしよう?」
「そ、それは……」
「先日開発されたプラチナソードですが、あと半月もしたら、改良品が作成されるでしょう。改良品はプラチナソードと同じ値段で、プラチナソードの値段は大幅に下がります。──まさか、戦争に備えて、などという下らない理由で、王国兵士の三倍もの数を仕入れたりしていないですよね?」
「……時計塔の鍵だ。儀式が済んだら、報告に戻ってこい」
弁明すらしなかった。図星らしい。マナが言うことが事実だとすれば、そのプラチナソードとやらの在庫は、果たして、どうなってしまうのだろうか。
「新しい護衛なんて雇わないでくださいね。今から募集して集まる護衛など、まったく信用が置けませんから」
マナはモノカから鍵を受けとり、空間に穴を開けると、その中にしまった。魔法収納というやつらしい。使える魔法使いはごく一部に限られている。あかりがよくやっているのを見かける。
「だが、もしものことがあれば──」
「お兄様。私の仕事を、増やさないでくださいね」
一体、いつそんなことをする暇があったのだろうと、私は不思議で仕方なかった。私を引っ張って立ち去ろうとするマナに、背後から声がかけられる。
「マナ」
「……なんでしょうか、お姉様?」
「いえ。元気そうで何よりだと」
微笑みとともに向けられたそれを聞き届けて、マナは今度こそ、その部屋を去った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます