第5-4話 秘密を守りたい

 帰宅後、私は一階真ん中の部屋をノックした。少し待っていると、部屋の主はちゃんと部屋にいたようで、外に出てきた。


「クレイア、どうした?」


 姿が見えないのを見て、私だと判断するあたり、ハイガルも私に慣れてきたように感じる。


「二十日から三日間、空いてない? あかりとマナと三人で出かけることになってるんだけど、ハイガルも、よかったら」


 バイトを代わってもらったのは、前半の数日なので、空いていればいいのだが。


「ちょっと待て──ああ、空いてはいるが、花の世話があってな。何日も部屋を開けるわけには、いかないんだ」

「誰かに頼むわけにはいかないの?」

「ああ、繊細な花でな」

「そう……。分かったわ、急に悪かったわね」


 花を育てているなんて、いかにもハイガルらしい。


「どんな花育ててるの?」

「繊細な子でな。知らない人に、会わせるわけには、いかないんだ」

「嘘ね」

「さすがにバレたか」


 ハイガルは真剣な表情を崩して、いたずらっ子のような笑みを浮かべた。私はなんとなく、目をそらす。


「遊びたくないとか?」

「断じて違う。……まあ、いいか。入れ」


 私はハイガルに招かれて部屋に入る。そこは、柔らかいベージュの木の色に包まれた空間だった。ベランダには、これでもかというくらい、植物が並んでおり、設置された大きな棚には、トロフィーや盾、工作で作ったと思われるものや、アルバムなどが置いてあった。


 あまりじろじろ見るのも良くないかと思い、私は視線を落とす。


「いいか? 絶対に声は出すなよ?」


 言われた通り、私は静かにしていた。すると、ハイガルはフローリングの床に両手を突っ込んだ。魔法で床に見せかけた、隠し扉のようなものがあるのだろう。


 そして、そこから、顔くらいの大きさの、青いタマゴを取り出した。


「──!」


 私は自分の口を押さえ、声を出さないようにする。タマゴには、所々、ピンクの模様が入っており、ハイガルが撫でると、嬉しそうに跳ねた。


 ──動いた! と言いそうな気持ちをグッとこらえる。そして、ハイガルは再び、タマゴを床下へとしまった。


「本当は、隠しておくつもりだったんだが」


 ──あんた、メスだったの? とでも言いたかったが、声を出すなと言われているので、静かにしていた。


「ははっ、クレイアは本当にいいやつだな」

「……?」

「もう喋っていいぞ」


 私は口を押さえていた手を離し、呼吸を落ち着ける。そして、案内されるまま、リビングの椅子に腰かけた。ハイガルは棚から一冊の本と、ベランダから上木鉢を一つ持ってきて、机に置き、本を広げた。


「今のは……?」

「食虫植物だ。驚かせてすまなかったな」


 見ると、植物が小さな虫を舌で絡めとり、食していた。確かに、衝撃の光景だ。


 ──話を合わせろということだろうか。盗聴器でも仕掛けられているのか?


「これが昔のオレの写真だ」


 広げた本はアルバムで、開くと、空中にタマゴの姿が投影された。青くつやつやとしたタマゴで、茶色の唐草模様が入っている。じっと見ていると、ころんと転がった。さっきのタマゴと少し、似ている。


「あの人に面倒を見てもらってな。これが、昔のルジだ」


 次に投影されたのは、青髪をワックスでバッチリ固めた、好青年の姿だった。背丈もマナより頭一つ分高く、腕にはハイガルのタマゴを抱えて、


『ハイガル、焦らなくていいからな』

 と、笑顔で語りかけていた。


「まあ、こんな感じで語りかけたり、撫でたりしていただけだが──」

「変わりすぎじゃない!?」


 ツッコまずにはいられなかった。ル爺の頭にはもともと、青髪が生えていたのか。とても、そうとは思えない。第一、頭の大きさが違う。身長の分がすべて頭に吸いとられたみたいだ。


「ルジは強い魔法使いだからな。本来、そんなに歳は取らないはずなんだが……まあ、色々あったらしい」

「色々って何よ……」

「これが、五十年前の写真だな」

「いや、あんた何歳なの!?」

「本来なら、一ヶ月もすれば孵るんだが、タマゴの居心地がよっぽど良かったのか、オレは五十年、タマゴに残り続けた」

「気が長くなる話ね……」

「こっちが、孵化する直前の写真だ」


 タマゴにもル爺にも、特に変化はみられなかった。


「ル爺はいつからあんな風になったのよ……」

「まあ、こんな感じだ。モンスターの孵化予定日なんて、参考にもならない」

「へえ。……ん」


 これらの話と先ほどのタマゴ、それから、私への頼みごとを考慮すると、──もしかして、ハイガルは、先ほどのタマゴの面倒を見ろといっているのだろうか。そして、いつ孵るか分からないと伝えたいのだろうか。私は視線で問いかける。ハイガルは、黙って頷いた。本当に伝わったのだろうか。


「霊解放は知ってるか?」

「ええ。人間の霊解放は明後日からね。魔族は確か、二十五日からっ、だったと思うけど」


 気づいてしまった。そして、私は止まりそうになる口をなんとか先へ進めた。


 ハイガルはこれでも、魔王の手下だ。当然、魔族の霊解放には参加するだろう。しかも、魔王城ではパーティーが行われるという噂を聞く。自分たちが楽しんでいる姿を見せて、先立った者たちに安心してもらう、というのが、魔族式霊解放だ。


 だから、二十五日──パーティー初日は、タマゴの面倒を見られないのだ。


「クレイアは、マリーゼ様のお墓参りに行かないのか?」

「ええ、まあ」

「……そうか」


 そう言って、私はハイガルに鍵を手渡された。どうやら、この部屋の合鍵らしい。つまり、二十五日は一日、この部屋でタマゴを見張っていろということなのだろう。


「それにしても、プール監督はなかなか堪えたな。夜型のキュランには日差しがキツかった」


 そう言いながら、ハイガルは紙に、誰にも言うなと書いて、私に見せてきた。当然、断ることなど、できるはずがない。


 こいつは、本当に恩着せがましい。こういうのは良くないと思う。まあ、すごく助かったのは事実だけれど。


「それは大変だったわね、ご苦労様。あたしが代わってあげたかったくらいだわ」

「ははっ、ありがとな」


 それから、普通にアルバムや植物を見て楽しんだあと、私は部屋へと戻った。ロビーで、ル爺に話しかけられた。


「まなさん、ハイガルと何話しっちょば?」

「アルバムとか、珍しい植物とか見せてもらってたの。若い頃のル爺って、別人みたいね」

「ぴょるか……」


 とにかく、ル爺にバレるのはまずいらしい。まあ、二人は仲が悪そうだし、何か事情があるのだろう。


***


 次の日、まだ外の風が比較的涼しかった早朝、マナが部屋に訪れた。


「どうしたの?」

「霊解放の儀式のために、王都に行かなくてはならないんです」

「へえ、せいぜい頑張るのね。それじゃ」


 そう言って、扉を閉めようとすると、マナは私の袖を引いた。


「何?」

「まなさん、トレリアンで白い影に殺されかけたというのは、本当ですか?」

「殺されてないけどね。……でも、なんで、急に?」


 マナはそれ以上は何も聞いてほしくないというように、袖から手を離してうつむいた。


「……それで、あたしに何をしてほしいわけ?」

「一緒に来てくれませんか?」

「王都に? 予定は空いてるけど……」


 あまりこればかり言いたくはないが、とにかく、お金がない。魔王から搾り取ればいいのかもしれないが、仕送りを増やしてくれと頼むのも億劫だ。


「風で運んでいきます。それから、今日中には帰ってくる予定です。その他費用も、私に付き合わせてしまったお礼として、こちらで持ちますので」

「まあ、そこまで言うなら……」


 私はまゆの方を見る。まゆは相変わらず、よく寝ていた。私はリュックの中にまゆを入れる。


「今日の服装は、フラメンコなんですね」

「そうだけど? あ、霊解放だし、制服の方が良かった?」

「そうですね。はい。制服で行きましょう」

「じゃあ、ちょっと待ってて。──あれ、あかりは連れていかないの?」


 いつも一緒にいるのにと、マナの後ろを覗くが、やはり、姿は見えない。


「あかりさんは、幽霊が見えない上に、幽霊に好かれる体質なので、連れていけないんです」

「何その体質……?」

「昔、ドラゴンの幽霊にとりつかれたことがあるそうです」

「ドラゴンの幽霊!?」

「とにかく、あかりさんは連れていけないんです」

「わ、分かったわよ」


 マナがすごい気迫でそう言ったので、私はそれ以上、何も聞かないことにした。

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