第5-3話 彼の秘密を知りたい

「まなさんの服を買いに行きましょうか。水着はまなさんの分も用意しておきますね」

「あたしの寸法、分かってんの?」

「はい。私が伝えておきました」

「いつの間に測ったのよ……?」

「見れば分かります。いつも抱きついてますしね」


 どれくらい本気でとらえればよいのだろうか。冗談かどうか、判別できない。まあいい──で、済ませてしまっていいのだろうか。まあいいけれど。


「でも、あたし、今、本当にお金が足りなくて」

「日頃の感謝ということで、私がプレゼントします」

「マナには指輪ももらってるし、申し訳ないわ」

「じゃあ、僕からってことで」

「この指輪、元はあんたがマナに贈ったんでしょ? なんだか、申し訳ないわ」

「そんなの気にしなくていいんだけどねえ……。てか、それ、すごいことになってるね?」

「ひび割れ、魔力の込めすぎ、融解による変形──。見てみましょうか」

「ええ」


 マナが私の指から指輪を取り、それをあかりに渡す。


「あんたがやればいいんじゃ……?」

「魔力を込めてまであかりさんの顔なんて、見たくありません」

「あれ!? デジャヴかな!?」

「まあ、気持ちは分かるけど……」

「分からないで!?」


 抗議しながらも、あかりは指輪に魔力を込める。その光景は滲んでいる上に、歪んでいた。音も、ぼやけている上に、やけに高い音などが混じっていて、とてもじゃないが、聞いていられなかった。黒板に爪を突き立てるような音が、キィっと鳴るのだ。


「これは酷いねえ……時を戻して──」

「いいえ、結構よ。このままでいいわ。どうせ、あたし一人じゃ見れないし」


 なんとなく、元に戻すのが嫌で、私はそのままにすることにした。そして、返してもらった指輪の歪な表面を、私はそっとなぞる。


 ふと、マナとあかりが私を微笑しながら見つめているのに気がついた。


「何?」

「いいや、別に?」

「まなさん、可愛いです」


 マナは抱きつく力をわずかに強めた。はぐらかされてしまった。


「とにかく、これ以上、何かもらうわけにはいかないわ。二人には色々とお世話になってるし」

「強情ですね」


 マナはほっぺをむにむに触ってきた。私は背後に頭突きを放つ。マナの顔にヒットした。


「きゅー」

「んー……じゃあ、貸してあげようか?」

「え。あんた、持ってるの?」

「一着だけ、小さいやつがあるから、それなら着れると思う。待ってて、持ってくる」


 そうしてあかりが持ってきたのは、真っ白な、ベルト付きのワンピースだった。見た感じ、サイズもちょうど良さそうだ。私は腕の傷を隠すために、上から長袖を羽織る。


「なんであんたがこんなの持ってんの?」

「あー、ほら、僕、レックス用の服も持ってるくらいだからさ、色んなサイズを取りそろえてるんだよね」

「そういえばそうだったわね……」

「まあまあ、着てみてよ」


 靴も貸されて、言われるままに着てみたが、サイズもぴったりだ。着心地も悪くない。


「おっ、まなちゃん、似合うねえ」

「まなさん、くるっと、回ってください」

「──こう?」

「可愛いです……!」


 私とあかりは、指輪を構えて見とれるマナに苦笑する。


「後、足りないものがあれば、二人でそろえておいてねえ」

「いつから行くの?」

「来週。二十日からだよ」

「一緒にお買い物しましょうね。えへへ」

「あたしたちだけで行くの?」


 ちらと、まゆを見る。まゆはシーラを枕にして寝ていた。シーラは当然、気づいていないらしく、丸まって寝ていた。


「他にも誰か誘う? 今ならまだ大丈夫だよ」

「……ちょっと、待ってもらってもいい?」

「うん、いいよー」

「まなさんさえ来てくだされば、構いません」

「あんたはブレないわね」


 私はまゆを起こして、部屋のベッドに寝かせる。まゆは脱水症状にも、熱中症にもならないので安心だ。あかりの部屋の冷房は途中で切れてしまったので、出るときにはそこまで涼しくなかった。


「暑くなってきたねえ……マナ、元栓、直して……?」

「切断したなんて、冗談に決まっているじゃないですか。本当にあなたは愚かですね。早くつけたらどうですか? シーラさんが可哀想です」

「安定の理不尽!」


 そんな会話が隣から聞こえてきた。


 私は服を着替えて、あかりに返した。


***


 私は偶然、今日来ていたル爺に、声をかけた。最近、よく顔を見せるような気がする。


 ル爺と言えば、あいさつ用のクッキーだが、期限の問題で渡せなかったので、あかりとマナに頼んで、三人で消化した。


 それから、ル爺には、さきイカが喜ばれるとマナに言われたので、渡したら、華麗なヘッドスピンを披露してくれた。本当に、よく分からない人だ。


「ル爺、ちょっといい?」

「いえそー。んだばだっちば?」


 私は辺りを確認して、小声で話す。


「ハイガルのことなんだけど……」

「つだ。つっと、ドリャアブじぇーすっべ」

「ドライブね」


 ル爺の車に乗せてもらって、話す。ル爺は運転にかなり自信があるようで、運転しながらでも普通に話せるらしい。私は遠慮したのだが、ル爺は大丈夫だと言い切った。本当だろうか。


「そげで、なぢがぎきたいっと?」


 何を言っているか少し分からないが、適当に合わせておく。


「こんなこと、勝手に聞くのもどうかと思うんだけど、ハイガルって、もしかして、学校に行ってないの?」


 ル爺は少し、間をおいて、


「いえそ」

 と、肯定の返事をした。


「多分、あたしたちと同じクラスよ」

「だすかにハイガルば、ノア高校の一年もっぴ。んけづ、なしてばがづだ?」


 なぜ、と聞かれれば、私の隣席にまゆが座っているからだ。まゆの姿は誰にも見えない。誰にも認識されない。私以外、誰もまゆを知らない。


 それなのに、隣の席にはいつもまゆがいる。つまり、誰かが休んでいるのだ。出席番号は名字のあいうえお順に並んでいるので、榎下朱里の前に、ハイガル・ウーベルデンがいる可能性に気がつかない方が無理な話だった。


「あたしの隣の席、ずっと空いてるし、ハイガルの姿を一回も学校で見たことがなかったから、もしかしたらと思っただけよ」

「そんだば……。ハイガルぴゃ、まなさんの隣っちょる──」

「夏休みまで、一回も来てないけど、大丈夫なの?」

「実は、去年、留年しちょるけん」

「そうなの?」


 そんな話は聞いたことがなかった。まあ、話していないのだから、知るわけがないのだが。


「目が見えないのと、モンスターだからって理由で、クラスから浮いてしまったっちゃ。だんだん、休みがちになっちぃ、去年の夏休みが終わってからは、一度も行ってないけん」

「でも、今のクラスにはハイガルのことを知ってる子はいないわ」

「わその育て方が悪かっちゃんかねえ。自分が悪いと、思いこんぢょるんじゃ。……例え、人の姿をして、人の言葉を話し、人を害することがなかったとしても、モンスターはモンスター。怖がる人がいるのなら、行くべきではない、とな」

「とても、そんな風には見えないけれど」

「それは、まなさんだからっぽ。ハイガルも、まなさんには、心を許しちょるよーに見える」

「そう、かしら」

「いえそいえそー」


 私はどんな反応をすればよいのか分からず、戸惑う。とても、そんな風には思えないし、仮に、そうだったとしても、私なんかでいいのか、不安だ。その繊細な心を壊してしまいそうで、怖い。


「──まなさん。ハイガルから、何か頼まれてないか?」

「え? 何も頼まれてないけど?」

「……そびゅー」


 私はすぐに取り繕った。そう聞かれることは想定していたので、問題なく隠せた。本当に隠しても良かったのかどうかは、分からなかったけれど。


 二十五日。その日に、何かを頼まれているのは確かだ。それが何かは伝えられていないが、ル爺は何か知っているのだろうか。


「なんでそんなこと聞くの?」

「じゅーや、にゃちんばっかるれぴ」

「急に何言ってるか分かんなくなったわね……って!! それよりも、さっきまで普通に話してなかった!?」

「なゆよこっぴゅるー?」

「誤魔化したわね……?」


 ル爺は本当に、どこまでも、よく分からない人だった。


「まなさん」

「何?」

「ハイガルを、頼ん──ばっづうげるぢゅがんだだだ!?」

「うわあぁっ!?」


 信号無視の車に衝突しそうになって、ル爺は急ブレーキをかけ、キレて叫び、クラクションを鳴らした。私はそのすべてに驚いて、しばし、硬直していた。

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