第5-2話 追及するのは避けたい
ひと度、あかりの部屋に入ると、中から涼しい、天国にいるかのような風が吹いてきた。これを浴びてしまったら、もう元の地獄には戻れない。私はすぐに扉を閉じ、冷気が逃げていかないようにする。
「涼しいわね……」
「わたしはなーんにも感じないけどねー」
「そりゃ、お姉ちゃんは幽霊みたいなものだからでしょ」
「うわー、まなひどーい。言っていいことと悪いことがあるんだよー?」
「せめて、誰かに見えるようになってから言ってほしいわね」
「まなに見えてるもん!」
「はいはい。それで、二人は何の用?」
私が問いかけると、あかりはいつもの笑みを浮かべた。
「海に行こうと思って。お誘いに」
「海に?」
「まなさん、私と海デートしましょう、二人で」
「いや、僕も行くよ??」
「……前にも言わなかった? あたし、日差しに弱いから、あんまり遊んであげられないって」
「聞きました。そこで、私はこの二週間、魔法を開発していたんです」
「ふーん?」
「紫外線を完全にカットするバリアと、夏でも快適な気温で過ごせるバリアです」
「魔法科学を一気に前進させたわね……」
数割カットするだけならまだしも、完全にとなると、高度な技術が求められるだろう。それを夏休みの数日でやってのけるとは、恐ろしい子だ。ともかく、本気なのは伝わってきた。
「そこで、今から、水着を買いに行きましょう」
「えー、別に学校のやつでいいでしょ」
「これがクーラーの魔力ってやつだよ……」
すると、マナはクーラーの電源を落とした。
「ちょっと、何すんのよ」
リモコンのスイッチを押したが、なぜか、つかない。
「元栓を切りました」
「え、何、もしかして、切断した!?」
「コンセント抜いただけじゃないの?」
「切りましたよ」
「……えぇ」
まゆがボタンを押そうと頑張っていたが、そもそも、まゆには重さがなく、何かに触れたとしても、動かすことができない。
「まなさん、早く涼しいところに行きましょう」
「えー……。でも、どうすんの? アルタカは休業中よ?」
爆発の被害にあってから、アルタカは営業再開をしていない。建物自体はすぐ修繕され、元通りになったが、商品などは全部燃えてしまっただろうし。一体どうなるのだろうか。
「いやいや、まなちゃん。アルタカごときの品揃えで、マナに合う水着が見つかるわけないじゃん? そりゃあ、マナはなんでも着こなすけどさ」
「確かにそうね。まったくその通りだわ」
「そうなんですか?」
「そうだよ」
「そうよ」
まあ、本当かどうかは、知らないけれど。
「それなら、王都にオーダーメイドの水着を発注しておきますね」
「王都? あんなとこに水着売ってんの? 海も川も湖もないのに?」
「いえ、売っていません。なので、城に頼もうかと思いまして」
「百着くらい届きそうね……」
寸法などはどうするのだろうか。前にマナが、女王になるために着替えていたときにも思ったけれど。何か、特殊な技術でも持っているのだろうか。
「泊まりで行こうと思ってるんだけど、どう?」
「何泊?」
「二泊三日でどうでしょう?」
「あたし、三つも私服、持ってないわよ」
「今着ているのと、部屋にある赤いフラメンコドレスだけですか?」
「ええ」
「いや、フラメンコなんてあったの? なんで?」
「それ一つで着られるでしょ。昔、依頼の報酬でもらったんだけど、作りが丁寧だし、丈夫で、長持ちしていいわ」
ちなみに、今着ているのは、明るいところでは、紫一色、無地のワンピース。ただし、暗くなるとミラーボール。という、不思議な服だ。マナが電気を消した。服がキラキラ光る。
「普通のは!?」
「何、普通の服って。定義を言いなさいよ」
「今のはあかりさんが悪いですよ」
「え、僕が悪いの……? ごめんなさい……?」
様々な色の光に照らされて、眩しそうに目を細めるあかりが謝った。マナは電気をつける。
「でもさ、もう一着あったよね?」
「いつも着ているあれですか」
「ああ、あの水色のやつね。結構、気に入ってたから、シーラに引っかかれても縫ってたし、お城で洗濯したときに、綺麗に直してくれたみたいなんだけど」
「けど?」
「袖のところに、べったり血がついたの。なかなか取れなくて、仕方ないから、捨てたわ」
「──そうですか」
そのとき、私の視界にシーラが映った。いつからそこにいたのか、問いたくなるくらいひっそりとそこにいた。そして、私が視線を向けると、彼女はさっと目をそらした。
「あれ、シーラ出てきたんだ。まなちゃんいるのに、珍しいね」
「あたし、嫌われてる?」
「いえ。興味津々だと思いますよ。気づかなかったふりをしておくといいかと」
マナに言われた通り、私は無視をすることにした。まゆはシーラの真横で寝転がり、じっと見つめていたが、シーラが見られていることに気づく様子はなかった。
「冬もその格好ですか?」
「冬は暖かい南の土地でやり過ごすか、増えすぎたイノノンの討伐依頼を受けて、剥いだ毛皮で羽織を作ってもらってたわね」
「冬を越すために、イノシシとデッドオアアライブですか」
「イノノンはイノシシに似てるけど、弱いモンスターよ。足が十本あって、機動力がないから。ギルド内でも人気の依頼ね」
「いや、でも、イノノン、殺さないといけないんだよね?」
「ええ。最近、頭数の増加が問題視されてるから。食べると美味しいわよ。まあ、殺すのは心が痛むけれど。仕事だし、生きるためなんだから、そんなこと言ってられないでしょ」
「前言ってたことと矛盾してる気が……」
原則として、モンスターに危害を加えることは禁止されているが、こうしてギルドに依頼が出されることもある。巣にいるモンスターは基本的に倒すことができ、例外といえば、ノラニャーくらいのものだ。やつらは、巣を変えるので、厄介なのだ。
「急所を突けば一瞬よ。痛みは感じてないはずだから」
「どれだけ説明されても食べる気はないからね?」
「えー、美味しいのに……。あんた人生の八割は損してるわね」
「してないしてない」
「まなさんが言うなら、食べてみたいです」
「さすがマナ。話が分かるわ。じゃあ、冬になったら一狩り行きましょうか」
「はい。約束ですよ?」
マナは小指を差し出してきた。私はどうすればよいのか分からず、困惑する。
「まなちゃんも小指出して」
「こう?」
すると、マナは小指を絡ませた。
「ゆびきりげんまん、嘘ついたら、一生後悔させてやる、指切った」
「何これ、呪い? 呪いなの? たかだか、イノノンを狩りに行くだけなのに!?」
「マナの呪いだからねえ、効きそうだよねえ」
「やっぱり呪いなの!?」
「呪ったりしませんよ。マナさんを呪ってどうするんですか」
「でも、一生後悔させてやるって──」
「言ってません」
「で、でも──」
「言ってないです」
そう言って、マナは私に抱きついてきた。これ以上追及するのは身の危険を感じる。やめておこう。
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