第4-6話 文字を読みたい

 すると、レイが紙と本を一冊持って戻ってきた。どうやら、見つかったらしい。


「おかしいですね」

「どうしたんですか?」

「見てください、これなんですが──」


 マナが受け取った紙を僕は横から覗く。それは、白紙だった。名前のところですら、何も書かれていない。


「受け取ったときは、確かに書いてありました。──そう、思うのですが」

「書いてあった名前とか、覚えてる?」

「言われてみれば、全く思い出せませんね」

「レイもですか……」

「一体、何があったんですか?」


 レイに尋ねられて、僕たちはまなの事情を説明する。今は国の人間でないとはいえ、彼女への信頼は高い。説明を受けたレイは「そういうことでしたか」とうなずいた。


「あいにく、私にも心当たりはありませんね」

「そうですか」

「レイ、ありがとう。それで、そっちの本は?」


 レイはにやりと笑って表紙を指差す。僕はその難しい文字を頑張って解読する。


「えーっと……遡行の書? やった、読めた!」

「なるほど、そういうことですか。さすがレイ。頭がよく回りますね」


 僕は読めたことばかりに気をとられていて、話についていけないことに気がつき、首をかしげる。


「遡行の書は、過去を見ることのできる本です」

「何それ、めちゃくちゃすごくない!? じゃあ早速──」


 手を伸ばすと、マナに弾かれた。地味に痛い。


「今すぐに使うことはできません」

「え、なんで?」

「この本で誰かの過去を見るためには、その人の体の一部が必要になります」

「何それ、黒魔術的な?」


 体の一部というだけで黒魔術に結びつけるのはどうなんだ、と、自分で自分の発想にツッコミを入れる。お茶を啜るマナの横で、レイは愛想笑いをしてくれた。


「あかり様は、相変わらずですね。人の記憶を勝手に覗き見るのですから、黒魔術と言っても過言ではありませんよ。決して公にはできない、ギルドの闇です」

「闇とかカッコいい……」


 その単純な発想をレイは肯定し、僕の好きそうな表現を選んで使った。


 とはいえ、考えてもみれば、良心が痛む魔法だ。僕も過去を勝手に探られるのは嫌だし。まあ、それしか方法がないというのなら、僕は迷わず使うけど。


「条件はそれだけですか?」


 そう言いながら、マナが茶封筒を取り出し、中からピンセットで白い毛髪を取り出した。


「もしかして、それ……」

「まなさんの髪の毛です」

「え、それ、どうしたの──?」

「こういうこともあろうかと、部屋に侵入したときに、取っておきました」

「それ、犯罪じゃない!?」

「あなたもストーカーをしているじゃないですか」

「やめよう。この話、やめよう」


 犯罪という言葉を使うのは、自分のお墓を掘るようなものだった。レイは苦笑して続ける。


「この本を使えるのは、遡行職人と呼ばれる方だけです。ルスファには一人しかいませんが、その方に協力していただく必要があります。これが、その方の居場所です。これも、公にはできないので、記憶していってください」


 レイは机に光でルスファの地図を出し、印をつける。上の方らしい。地図の上がどっちかは知らないけれど。とにかく、上の方の下の方だ。日本で言うなら、北海道の下らへん。


「マナ、頑張ってね」

「あなたが一人で行くんですよ?」

「え、僕? なんで?」


 マナは自分の頬に手を当て、露骨に困り顔を浮かべた。


「時間を遡れるのは一人です。私はまなさんから離れすぎると、寂しさで死んでしまうので……」

「誘拐されたとき、平気だったじゃん!?」

「目覚めてまもなく、まなさんが王都にいる気配を感じられたので。それに、私はあなたとは違って、まなさんの過去など分からなくてもいいんですよ?」

「はいはい、行けばいいんでしょ行けば!」


 そう。魔王から命令を受けているのは、あくまで僕一人。僕が僕の目的を達成するために、そうしているのだ。魔王がどんな人であれ、魔族と手を組むのは、決して、良いことではないけれど。


「ええっと、メモしていい?」

「申し訳ありませんが、機密事項ですので、ご遠慮ください。そうですね──、記憶に刻む、というのは、どうでしょう?」

「あ、その手があった」


 僕は先ほど、魔王が使っていたのと同じ魔法を使い、地図を頭に刻む。次に、より細かい地図を見せてもらい、それも記憶する。毎回、これを使えばいいと思うかもしれないが、これで覚えられるものはせいぜい、五つくらいまでだ。それ以上は、古いものから順に消えていく。つまり、まなについて忘れないためには、これ以上、何かを魔法で覚えるわけにはいかない。


「とりあえず、その本持って、そこまで行ってみるよ」

「ヘントセレナ。魔族の方々が最後の砦と呼んでいる場所です」

「最後の砦? なんで?」

「人間しか住んでいない土地があるように、魔族しか住んでいない土地というのもあります。北に密集しているのですが、その南端がヘントセレナです。人間と魔族の間に内戦が起こったとき、ここさえ落とせば、魔族が魔力を補給することは困難になり、人間の勝利は、ほぼ確定するでしょう」

「へえぇ」

「興味がなさそうですが、これだけは言っておきます。──ヘントセレナでは、人間はものすごく嫌われています」

「なんか、まなちゃんもトレリアンに行くときそんなこと言ってたような……」

「人間と魔族という話は知っていますよね」

「うん。魔族だってバレると殺される話だよね」

「それは魔族と人間です。人間が死ぬ方が人間と魔族です」

「ああ、そっちね。はいはい」


 まなちゃんに聞いたことは覚えているが、内容は忘れた。どっちでもたいして変わらない気がする。


「人間が騙されて氷漬けにされていると言われているのが、ヘントセレナです」

「でも、ただの童話だよね?」

「事実だと考えてください。たまに、国の会議でも議題に上がるので。ただし、仮に見つけたとしても、救おうなどと考えてはいけませんよ」

「はいはい」

「フラグみたいになっていますが、絶対に駄目ですよ」

「分かってるって」

「もし、行くときと帰ってくるときで人数が変わっていたら、首をはねて、人数を減らします」

「そんなに!? いや、どうしてそんなに駄目なのさ。そこまで言われると、気になるじゃん?」

「あれは──」

「マナ様。いくらあかり様相手とはいえ、さすがに口が軽すぎますよ」

「──今のレイに言われるとは思いませんでしたが」


 レイはただの使用人だというのに、国の裏事情にまで詳しい、頭のキレる人なのだ。僕は誰にも言わない自信があるが、防音しているとはいえ、誰かに聞かれている可能性もゼロではない。


「そうですね。今のは言わなくて正解です。──とにかく、目的だけ果たして、すぐに帰ってくる。いいですか? 寄り道は駄目ですよ」

「はいはーい」

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