第4-5話 願いの魔法が知りたい
──昼間から酒を浴びる冒険者たちを視界から外し、僕はマナに続いて受付へと向かう。マナは、良くも悪くも、どこにいても目立つ。だから、姿をまなちゃんに変えていた。器用なものだ。
僕の方も、一応、勇者なので有名ではあるが、まだ魔王を倒していないのと、もろもろの残念さが目立って、人気があるという感じではない。我ながら、嫌な目立ち方をしていると思う。当然、話しかけられることは滅多にない。
「ギルドにようこそ。ご用件をうかがいます」
「レイ、私です」
マナは自身の冒険者カードを取り出して、受付の女性に渡す。女性はそれを受け取ると、すぐにこちらの意図に気づいたようで、奥の部屋へと案内してくれた。裏という場所には、特別感があってワクワクする。そうして、瞳を輝かせる僕を見て、マナが言う。
「あなたくらい純粋な心が私も欲しかったです」
「僕はマナみたいになりたかったよ」
そう返した。
僕たちは、魔法ではなく、科学により防音された部屋へと通される。魔法の防音は比較的、盗聴されやすいらしい。なんでも、魔法を使っていることが丸分かりだからだとか。
湯気の立ったお茶を用意してもらい、僕たちは席に着く。マナの見た目は元に戻してある。
「それで姫様。本日はどのようなご用件ですか?」
「先ほど、私が変身していたまなさんについてです」
「ああ、クレイアさんのことですね」
マナは頷き、レイに先を促す。彼女は元々、マナの城での世話係だった人で、今はこのギルドで受付として働いている。
ただ、身元を隠しており、第三者にバレるわけにはいかないらしい。そのため、まなちゃんがいるときには会わないようにしている。彼女の前だと、マナのボロが出やすいからだ。
「クレイアさんに、特に怪しい点はありませんね。魔王の娘ということと、魔法が使えないということくらいです。本人はいたって普通ですね」
「どうあがいても、魔王の娘とは思えないよねえ」
レイの所見に僕が答える。すると、マナが説明してくれた。
「クレイアという姓は、魔王の一族であることを示しています。ユタさんも、ユタザバンエ・チア・クレイアですよね?」
「あ、ほんとだ! 同じだ! いやでも、名字とか普通覚えてなくない?」
「覚えておいて損はありませんよ」
「覚えられないんだよねー」
マナはお茶を一口啜る。僕に対するため息の代わりだろうか。覚える気がないの間違いだろうとでも言いたげだ。まあ、間違ってはいないどころか、むしろ正しいのだが。
「何かおかしなことを言っていたとか、心当たりはありませんか?」
「──そういえば、ギルドに登録するとき、二枚、紙を要求されたような。提出されたものを保管してありますので、探してきます」
「また二つだ……」
全部一つ多いのだ。そういう趣味でもあるなら、話は別だが、まなちゃんに限ってそんなものはないだろう。変人だが、常識人だ。
「──まるで、誰かもう一人、いるみたいですね」
「え?」
マナがそう呟いた。僕は言われてみて、やっと気がつく。そういう発想は、僕にはなかった。
「でも、それって、人を忘れてるってこと? ……そんなこと、魔法でできるの?」
「あなたができないのなら、世界の誰にもできないと思います。ですが、それが事実です」
「ってことは、ここにきて、まさかの隠れ強キャラとか!?」
「まず、ありえませんね。あなたより強い魔力を秘める存在がこの世にいるとすれば、間違いなく、魔族です。そして、あなたは、今の魔王よりも強い。残念ながら、それが事実です」
「残念って。まあ、僕、魔法だけなら世界最強だからね。でも、じゃあ、やっぱり、無理じゃない? 人を殺すのはできてもさ、人を世界の記憶から消すなんて、それこそ、一人一人の記憶に魔法かけなきゃいけないし、無理でしょ」
「だから、世界の方に干渉したんですよ」
「どゆこと?」
すると、マナは机に光で図を書きながら、説明する。
「一人の記憶を消したいなら、一人に魔法をかければいいですよね」
「うん、当然」
「では、今、ギルドにいる人たち全員の記憶を消すには、どうしますか? 一人一人に魔法をかけるのはなしです」
「それなら、ギルドの外からギルドに魔法をかけるとか? そうすれば、その中にいる人みんなの記憶が消せるって聞いたような」
「その通り。それでは、世界にいる全員の記憶を消すには?」
「世界の外から世界に魔法をかける……あ、なるほどね!」
魔王が言っていたのはこれだったのだ。まあ、これなら僕にもできそうではある。あのときは、よく分からずにできそうなふりをしていたが。
「世界にも範囲があります。その外からなら、世界全体に魔法をかけることは可能です。そして、その最も有名な例が、これです」
マナは図を消し、ある言葉を書く。
「──願いの魔法?」
「私たちは、これのおかげで、八歳になると、魔法が使えるようになります。そして、魔法は世界の外から来る力だと言われているんですよ」
「え、ん、どゆこと?」
「私たちが魔法で八歳未満の子どもに何をしても、その子は魔法が使えるようにはならないんです。子どもには、魔法がかかりにくいですから。しかし、世界を経由してかけられる魔法は、かかりやすい。世界が優れた魔力導体だからです」
「あ、やっぱ、もういいです……」
僕はこめかみの辺りを押さえて、頭痛に耐える。難しすぎて、よく分からない。そういう話を聞くだけで、頭が痛くなってくる。ポーンとやって、ババババ、ということだろうか。
「つまり、その忘れられた本人か誰かが、願いの魔法を使って、世界に干渉したのではないでしょうか。みんながその人を忘れるように、など。正確に、なんと願ったかは分かりませんが」
「ふーん。……実際、この世界に魔法が使えない人って、そんなにいるの?」
「かなり少数ですが、いますよ。生まれてから八歳までの間に、一度も魔法を本気で信じたことのない人、つまり、魔法を見たことがない人は、そうなります」
「でも、その後で魔法を知ったら、魔法が使えるようになるってこと?」
「それが、八歳の間であれば。それを過ぎれば、願いの魔法は本人の意思で制御ができるようになります。一年間は願いの魔法が活性状態にあり、魔法と限りなく反応しやすいですが、それを過ぎると非活性になりますから」
「後半よく分からなかったけど、とりあえずなるほどね」
マナはまた、お茶を飲んだ。
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