第4-4話 早く真実が知りたい

 それから数日、僕たちは、ずっと考えていた。


 違和感といえば。まなちゃんはいつも勉強をしている。


「それのどこが違和感なんですか?」

「いやいや、絶対おかしいって。あんなに勉強したら、頭爆発するよ、普通」

「しませんよ……」


 僕はそっと扉を開けて、まなちゃんを観察する。どうやら、本を読んでいるらしい。扉には南京錠がかかっていたが、僕にかかれば、そんなもの、ないに等しい。


「姿を消していこう」


 透明になって、僕とマナは二人部屋に忍び込み、部屋の中を勝手に探索する。


「特に怪しいものはないね……。でも、やっぱり食器は二人分あるよ。それから──意外と本が少ないな……って、あれ。マナ?」


 一緒に探しているとばかり思っていたのに、返事がない。振り向くと、彼女はまなちゃんの本を、後ろから覗き込んでいた。というより、まなちゃんの横顔に見とれているらしかった。


「チョップ!」

「へなん」


 脱線しているマナの頭上に手刀を振り下ろして、制裁を与える。


 そして、僕は、一段しかない小さな棚に並べられた本を、順番に眺めていく。


「魔法大全、禁忌魔法集、魔法の仕組み、魔法の起源……うへえ、頭痛が痛い」

「──あんたたち、何してんの?」


 鋭く尖るような声に、僕は振り返る。白髪の少女が、しゃがむ僕らを、仁王立ちで見下ろしていた。


「あれ、なんで見えるの?」

「あんたね……あたしに魔法は効かないって、いつも言ってるでしょ? 視覚に作用する魔法でも効かないわよ」


 そういえば、そうだった。さすが僕、すっかり忘れていた。


「アイちゃん、どうして教えてくれなかったのさ?」

「あかりさんが滑稽で愉快だったので、つい」

「それで、あんたたち、何してたの?」


 ──マズイ。本人にバレないようにしろというのが、魔王の命令だ。本当のことは言えない。


「いやあ、普段どんな本読んでるのかなーって」

「……あかりが本に興味を? 血の雨でも降るのかしら」

「降らないよ!? 僕でも少しくらい興味あるって! 文字がすらすら読めないだけで!」

「え、あんた、文字読めないの?」


 まなちゃんは、マナに問いかけた。なぜ僕本人に聞かないのだろうか。


「あかりさんは、別の国に住んでいらしたので、この国の言葉は不自由ですね。とはいえ、二年ほど在中していますが」

「あんなにペラペラ話してるのに?」

「それは魔法でなんとかなるんだよ。話すのはいいけど、書きと読みは魔法で翻訳するのが難しいんだって」

「まあ、確かにそうね……ってことは、あんた、ずっと魔法使ってんの?」

「言われてみれば、そういうことになるね?」

「それは強いわ……」


 強すぎるせいで、引かれた。とはいえ、魔法が強いのは、ほとんど才能みたいなもので、僕自身が誇れるようなことでもない。


「まなさんはいつも、魔法に関する本ばかり読んでいるんですね?」

「ええ。魔法に興味があって。まあ、使えないんだけど」

「なんで魔法に興味があるの?」

「それは──忘れたわ。まあ、理由なんて、どうでもいいでしょ」


 なんとも、まなちゃんらしくない答えだった。ここにも、何かが隠されているような気がした。


「この本、明日学校に返さないといけないから、今日はあまり遊んであげられないわよ? まあ、どうしてもって言うなら、借り直すけど……」

「まなちゃん、優しい……。でも、今日はいいや」

「今日はこの辺りで、失礼させていただきますね」

「ええ──」


 僕たちが何かしているということには、勘づいたみたいだ。さすがまなちゃん。まあ、ここまで怪しければ誰でも気がつくか。


 防音も効くかどうかも怪しかったので、僕たちは部屋には戻らず、外に出ることにした。


「どうする? てか、どうすればいい!? これ以上、どうしろと!」

「落ち着いてください」

「うん、落ち着く……」


 僕は深呼吸を繰り返し、少しずつ気持ちを落ち着かせる。実のところ、かなり焦っている。なぜなら、


「なんだっけ、まなちゃんの変なところ」

「それは……。お弁当のときに何か──確か、一つ多いということでしたね」

「そうそう、それから、今の、本──じゃなくて、勉強しすぎってこと。あと、髪の毛か」


 そう。僕たちは、こうしている間にも、少しずつ違和感をなくしているのだ。マナでさえ思い出すのに時間がかかるほどに、強力な力が作用している。紙に書き留めることすらできない。


 こんなものを、まなちゃんは今までどうやって覚えていたのだろうか。


 ──どんな想いがあれば、忘れずにいられるのだろうか。


「れなさんは、覚えていられるのでしょうか」

「あの人なら知ってそうだけどね。あの人がダメなら、もう詰みでしょ。もう魔王とか、依頼したことすら忘れてるんじゃない?」

「それはないと思いますよ。魔王ですから」

「あ、確かに!」


 魔王という素敵な響きだけで、僕的には何を言われても納得する自信がある。魔王に不可能などない、的な。全知全能、的な。神、的な。マナはそんな僕にため息をついた。


「仕方ありませんね。気は進みませんが」

「ん、どこかに向かってるの?」

「はい、ギルドに立ち寄ろうかと」

「え、僕、お酒ダメなんだけど」

「風でマスクでもしてください」

「マナ、あったまいー……」


 そうして、僕たちはギルドにたどり着いた。


 ふと、以前、まなちゃんを一人置き去りにして逃げたことがあったなと思い出す。


 そこには、命の石に気づかれたくなかったのと、もう一つ、理由があったのだが──、


「行きますよ」

「はいはーい」


 それはまた、別のお話。

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