第3-6話 トンビアイスを溶かしたい

「今日は本当にありがとうございました」


 ロアーナは何度も何度も、頭を下げていた。クラスメイトから依頼料をもらうのは気が引けたが、貰ってくれと、半ば押しつけられるようにして、受け取ってしまった。


「また学校でねえ」

「何か、思い出したことがあれば、ご連絡ください」


 そう言って、マナは空中──ではなく、スマホを操作し、透明化を解いて、ロアーナに差し出す。なんの装飾もない無骨なスマホだった。


「え、これ、マナ様の連絡先……」

「同じクラスですし、そんなに萎縮しないでください」

「は、はい! 大切に保管します!」


 返事から緊張しているのが伝わってきたからか、マナは苦笑した。私も誰かと連絡先の交換なんてしてみたいところだが、なにせ、連絡手段を持っていない。科学スマホはまだ高価で、空飛ぶ車と同じくらいの値段がする。


「まな、残念だったねー」

「……別に。ほんの少し、羨ましいだけだから」

「それは、まなにとっては、すごく羨ましいってことだね」

「お姉ちゃん黙って」


 そう小声で会話をする。まゆの顔にはくっきりと机の跡がついていた。しかし、指摘はしなかった。


「クレイアさんも、ありがとう」

「は? あたし、何もしてないけど?」

「依頼を受けて、ここまで来てくれたもん。だから、ありがとう!」


 本当に依頼を受けただけなので、心が宙を漂うような心地がする。その、少しだけ浮わつくような心地に、私はどう反応してよいか分からず、眉根を寄せる。


「まなさん、また眉間にシワが寄っていますよ」

「ええっ。わたし、また、何か嫌なこと言った? よく、無自覚に人を傷つけるって言われるんだけど……」

「いいえ。これは、あたしの受け取り方の問題だから。まあ、嫌味に聞こえることならどれだけでもあったけど」

「そうなの!? 本当に、ごめん!」

「全然、全く、気にしてないわ。それじゃ、また」

「えーっ! それ、絶対怒ってるやつ!」


 そんな心地よい悲鳴を聞きながら、私はその場を後にする。結局、ほとんど情報は得られなかったが、まったくの無意味というわけでもなかった。


「終わったねえ! よし、じゃあ、今日の報酬で、トンビアイスでも買って帰ろうか!」

「ごちそうさまです」

「あかり、ごちそうさま」

「僕のおごり!?」

「やったー! おごりだー!」

「──え、嘘でしょ!?」


 ……しかし、犯人は一体、何の目的でこんなことをしているのだろうか。騒ぎを起こして有名になりたいわけでもなさそうだし──。


「まなさん、アイス、溶けてますよ」

「……ぼーっとしてたわ」


 私は手についたアイスをティッシュで拭き取る。そして、いざ、食べようとした瞬間、


「あ」


 ぼとっと、地面に落ちた。


「あらら。まなちゃん、ついてないねー。もう一本買ってあげよっか?」

「いえ、その必要はないみたいですよ」


 トンビアイスの棒には、アタリと書かれていた。


「当たりって、本当に存在してたのね」

「僕もアイちゃんが当ててるとこしか見たことないなー」

「私は運もいいですから。引こうと思えば、当たりくらい何本でも出せますよ」

「それはそれでどうなの……?」


 私はそのアタリの棒をじっと見つめる。何か、引っかかったような気がした。解決の手がかりになるような何かが──、


「まなさん?」

「……いいえ、なんでもないわ、多分」


 今は、その引っかかりが何であるか分からないまま、私は棒をアイスと引き換え、今度は溢さないようにして食べた。


 ちなみに、まゆは喜んでいたわりに、やっぱりいらないと言って、近くの公園で四つ葉のクローバーを探していた。また、冷凍庫にトンビアイスが増えた。

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