第3-5話 ペンダントを直したい
そうして、数日が経った。マナとあかりは──私が知らないだけで、もともと有名だったのだが──砂から生徒を救った救世主として、さらに株を上げていた。高校ではあれ以来、何も起こってはいない。しかし、砂の被害は今日に至るまで、毎日どこかで出続けている。
ただ、新しいものまでやっていては、いつまで経ってもペンダントまでたどり着けないので、そちらは、一旦、後回しにする。
「ペンダントの持ち主は、ロアーナ。いい? ちゃんと覚えなさいよ?」
「えっと、ロナード?」
「ロアーナ。女の人だと思うわ。ロアーナ・フォン・ルーバン。どこかのお嬢様じゃない?」
「ん、ちょっと待って。……なんだっけ、ローナ・フォー・ズバン?」
「ロアーナ・フォン・ルーバン! ……ロアーナだけでも覚えてなさいよ?」
いくつか依頼をこなして分かったことだが、あかりは一向に人の名前を覚えない。私の名前を覚えられたのは、たまたま、マナと同じ名前だったからだろう。マナの名前をいつ覚えたかは知らないけれど。
そうして、依頼主の家の門に着き、インターホンを押す。まゆは広い広いと、外壁の回りを楽しそうに走っていた。
「ようこそ、おいでくださいまし──って、ああ! あかり様じゃないですか! 先日は、ありがとうございました!」
「ああ、えっと、うん、こんにちは?」
この子がロアーナだろうか。彼女の反応を見る限り、知り合いのようだが、どうやら、あかりの方は、覚えていないらしい。
「あなたがロアーナさんで間違いありませんか?」
「はい、そうです……って、マナ様!? それから──あ、この間の子も!」
ついでみたいな感じで言われてしまった。いつものことだが、この面子では、より存在感がなかったのだろう。それよりも、
「どこかで会った? よっぽどな出会い方じゃない限り、覚えてないと思うけど」
「かなり衝撃的だったし、同じクラスだよ、マナ・クレイアさん」
私は記憶をたどってみる。肩まで伸ばした水色の髪に、同じ色の大きな瞳。白い肌はすべすべとしている。その手に、私は少しだけ、心当たりがあった。
「もしかして、あたしを地面に引っ張った子?」
校庭が溶けたとき、私を引きずり込む勢いで暴れていた女子生徒がいた。確かに、衝撃的な出会いだが、衝撃が強すぎて、顔までは覚えていなかった。
「そうそう! ……じゃなくて。その節は、ほんっとーに、ごめんなさい! わたし、自分のことで必死で。ずっと、謝りたかったんだけど、なかなか、話しかけづらくて……」
やはり、私は怖い印象なのだろうか。まあ、別にどうでもいいけれど。まったく気にしていない。
「気にする必要はないわ。すっかり忘れてたし。こうして謝ってくれたから」
「クレイアさんって、本当は優しい人なんだね」
「本当、は?」
「う、ううん! なんでもない……」
ちょっと揚げ足を取っただけで、そこまで怯えなくてもいいのにと思う。そんなに怖い顔をしているだろうか。取って食べたりしないのに。
「それで、ペンダントは?」
「あ、そうだ! 依頼受けて来てくれたんだよね、案内するよ」
私たちは豪邸の長い庭を抜け、数ある部屋の内の一室に案内された。まゆは、広い庭と大きな家に興奮して、目をキラキラさせていた。暴走しないよう、私は必死に手綱を握っていた。
「溶けたペンダントっていうのはこれなんだけど」
「触ってもいい?」
「うん」
私は手袋をはめ、宝石を手に取り、ルーペを使って、じっくり眺める。これはこれで、綺麗な気がするのだが。
「あかり、どう思う?」
あかりは魔法でレンズを作り、観察していた。
「──あー……これはダメだね。中がどろどろになってる」
「はい、そうなんです。これ、祖母の形見のペンダントで。──どうにかして、元に戻したいんです! お願いします!」
「私も見ていいですか? ──シルクが酷いことになっていますね。中の模様も傷ついていますし、色もまだらで、カットも取れています。元々、きれいな青いサファイアだったのでしょうが」
「どうしようか。もう一回溶かして──」
「いえ、それは──」
あかりとマナが何やら話しているが、私にはさっぱり分からないので、仕方なく、目の前の紅茶を啜る。紅茶に関しても、いいか悪いかもよく分からない。そもそも、私はカフェインがあまり好きではない。
三人が話している間に、まゆはすっかり飽きたようで、眠ってしまった。本当に、まゆはどこでも眠れる天才だ。
「やっぱり、時を戻すしかないかなあ」
「そんなことできるの!?」
急に叫んだ私に視線が集まる。驚かせてしまったらしい。まゆだけが、のんびり寝ていた。
「……ああ、いや、このサファイアの時間を溶ける前に戻そうかと思って」
「なんだ、そういうことね。驚いて損したわ」
「いや、こっちが驚いたんだけどね?」
「それでも十分すごいと思うんですが……?」
ロアーナの指摘を、私は心中で肯定する。そう、物の時間を戻せることは、称賛されるべきことではある。しかし、それだけでは、私にとって、たいした魅力はない。
「まあ、一回やってみるよ」
そうして、あかりは魔力を集中させているのか、静かに目を閉じた。私には何も感じられないけれど、ロアーナが目を輝かせているのを見るに、何かが起こっているのは事実だ。
「よし、これでどう?」
あかりからペンダントを受け取り、ロアーナは魔法を使って、じっくり観察する。
「……すごい、元に戻ってます。ありがとうございます、あかり様!」
「どういたしまして」
これで依頼達成、ということになる。だが、私の目的はもう一つある。頭の後ろで手を組むあかりに、ロアーナは何度も何度もお辞儀をする。そんな彼女に、私は問いかける。
「それで、原因は分かってるわけ?」
「原因?」
「ペンダントが溶けた原因。それが分からないと、また溶けるかもしれないでしょ?」
私が問いかけると、ロアーナは眉尻を下げ、困った顔をする。
「……それがね。警察にも、探偵にも相談したんだけど分からなくて。私も含めて、この家の人たちみんな、怪しい人とか見てないし──」
「そう。他の宝石は大丈夫だったの?」
これだけ広い家だ。当然、他にも宝石を持っていると考えられる。
「他のも溶けちゃったんだけど、これはこれで綺麗だからって。わたしの家族、ちょっと変わってて」
先ほど同じことを思った私のセンスも変わっているということだろうか。とは言わないけれど。無意味に怖がらせたくないし。
「それに、わたしの場合、おばあちゃんの形見だったから」
ロアーナは大切そうにペンダントを抱えると、それをそっと箱にしまった。私は自分の左のサイドテールを指でときながら、右手の親指の指輪をなんとなく見つめる。そうして、幸せそうに眠るまゆに視線を移し、表情を綻ばせた。
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