第3-4話 ギルドに登録したい

 入り口の自動ドアを通り抜けると、お酒の臭いが鼻を突き抜けた。


「相変わらず、お酒臭い場所ね……」

「そうかなー?」

「そうでしょ。みんな昼間から飲んでるし、臭いが染みついてるわ」


 そのとき、こちらに近づいてくる人影を見つけ、私はそちらに意識を向ける。


「こんにちは。初めてのご利用ですか?」


 私は声の主を見上げる。男性とも女性とも、区別のつかない顔と声だ。ギルドの店員だろうか。


「ここは初めてね。二人は来たこと……って、あれ」

「どうかされましたか?」

「ここに二人、いなかった?」

「いえ、いませんでしたよ?」

「そう──」


 ついさっきまでそこにいたと思ったのだが──、


「まあいいわ。軽く説明してくれる?」

「はい。こちらのギルドは、学園都市ノアに属しており、都心付近やフィールドでの依頼が中心となります。取り扱っている依頼は、採取、討伐、護衛、製作、指導、指名手配などです。なお、代行、運搬、情報売買、その他、法に触れる依頼や、内容と報酬の釣り合わない依頼等は取り扱っておりませんので、ご了承ください。何かご質問などありますか?」


 ギルドとは、人々が依頼を出したり、冒険者と呼ばれる、ギルドに所属している人が受けたりする場所だ。依頼には当然報酬がついてくるが、たいてい、安価である。高い能力、主に魔法の力を多方面に生かしたい人たちのバイト先として人気だ。私のような例外もいるけれど。


「とりあえず、ここのギルドに登録させてくれる?」

「はい。では、あちらの水晶に──」

「あたし、魔法使えないから。紙でお願いできる?」

「分かりました。では、ご案内しますね」


 受付の人に、まったく動揺の色が見られないことに、私は逆に驚いた。普通なら驚き、多少なりとも困惑したり、疑ったりするものだけれど。あの二人と同じだ。


 ちなみに、ギルドに登録しておけば、いつでも依頼を受けられる。個人での依頼が多く、報酬は安いものが多いが、代わりに、資格などなくても受けられる依頼がほとんどで、誰でも気軽にお小遣い稼ぎができる。


 そして、溶ける砂も気になってはいるが、王都まで出かけたときに使った分のお金を取り戻すという目的も、私にはあった。


「それでは、登録までしばらくお待ちください」


 紙から魔法で文字を取り出し、パソコンに送っている。さすが、学園都市ノアのギルドだ。技術の進歩が著しい。


「はい。登録が完了しました。他に、何かご質問はありますか?」

「最近、砂が溶けるって話は聞いてない?」

「砂──はい。ご案内します」


 職員は掲示板から数枚、紙を引き剥がし、手渡す。受け取って見ると、確かに、どれも砂が溶けることに関する依頼だった。よく記憶しているものだ。


「あれ? おかしいですね。もう一枚、あったはずなんですが」

「どんな内容だったの?」

「形見のペンダントの宝石が溶けてしまったので、直してほしい、とのことです」


 すると、職員はポケットから見えない何か──おそらく、スマホだろう──を取り出し、指先で操作をする。

「依頼を受けたことにはなっていませんし、誰かが勝手に持っていったのかもしれませんね。貼り直しておきます。それで、どれか受けられますか? 登録しておけばスマホからも受けられますが、まなさんはスマホも使えませんよね? だとすると、今、ついでに受けておく方が効率がいいかと」

「え、ええ。……思った以上に進んでるわね」


 ギルドには、その地域の特色が出やすい。お土産も売っているくらいだ。しかし、依頼をスマホから受けられるギルドには出会ったことがない。これ以上、最先端になっても、果たして掲示板は残っていてくれるだろうか。撤去されたら、私は依頼を受けづらくなってしまう。


「よろしければ、コピーしてお渡ししましょうか?」

「そうね……お願い」

「承りました」


 コピーは魔法を使えば一瞬でできる。そうして複製された紙を、私は受けとる。


「ペンダントの依頼も複製しておきました」

「ありがとう」


 それらを持って、ギルドを出ると、馴染みのある重さが、肩と頭にかけられる。


「どうでしたか?」

「なんであんたたち、ついてこなかったの?」

「あー、僕、お酒の臭いがダメでさ」

「ふーん……。それで、例の話だけど、やっぱり、最近よく起こってるみたいね」


 近くの公園のベンチに座り、三人で紙を確認する。まゆは、いかにしてブランコを、揺らさないようにするか、という遊びをしていた。楽しいのだろうか。


「物が砂に吸い込まれた、砂の城が崩れた、崖を点検してほしい、清掃を手伝ってほしい、それから──ペンダント」

「まなさん、眉間にシワが寄っていますよ」

「……伸ばすわ」


 シワを伸ばしながら、私は考える。一体、何が起こっているのかと。


「どれか受けるの?」

「ペンダントだけ、明らかに違うわよね」

「そう? 石が溶けてるって考えたら、同じような気がするけど」

「……あんたが、宝石を石だって知ってることに驚いたわ」

「失礼だよ!?」


 そういえば、あかりは宝石に詳しいのだったと、私は先の発言を、頭の中でだけ訂正しておく。


「そもそも、なんで砂とか石を溶かしてるわけ? 人に迷惑をかけて騒ぎを起こしたいだけっていうなら、そんなやつもいるかもしれないけれど、個人が所有するペンダントを溶かしたところで、嫌がらせにしかならないわ」

「他はフェイクで、こちらの依頼だけが本命とも考えられますね。もしくは、目的のヒントとなる何かが隠されているのかもしれません」

「あたしも同じ意見よ。──それじゃあ、あたしは、緊急性の高い崖の依頼から受けるわ」

「え? ペンダントじゃないの?」

「は? ペンダントはすぐじゃなくてもいいけど、崖は崩れたら大変でしょ?」


 私が考えを伝えると、あかりは


「──もしかして、全部受けるの?」

「そんなに数も多くないし、何か問題でも?」

「いや、ないけどさ……」


 何が言いたいのか、はっきりしてほしい。もちろん、ギルドの依頼をすべて受けるのは不可能だが、砂に関係することで、今出ている分だけなら、なんとかなるだろう。


「私も行きます」

「あんた暇なの?」

「こんなこともあろうかと、業務は即時、終わらせるようにしています」


 マナは先の一件以来、業務の一部をこなすことを条件に、学校に通うことを許されたらしい。今までも急な仕事が入ってはスマホで対処していたらしいが、より本格的に、政治に着手するとか。


 様々な問題を片づけて、学校には、最近、姿を見せるようになったばかりだ。その間も宿舎にはいて、隣の部屋からは毎日のように呻き声が漏れていたけれど。


「僕も行ってあげてもいいよ?」

「呼んでないけど?」

「行かせてください」

「最初からそう言いなさいよ」


 あかりは本当に勇者なのかどうか、疑わしい。実力は本物だと知っているけれど、こんなのに世界を救われて、人間は嬉しいのだろうか。


「お姉ちゃん、帰るわよ」

「えー、まだ遊びたいー」

「帰る」

「はーい……」


 マナとあかりがギルドへ登録しに行く間に、まゆと手を繋ぎ、私は一度、自宅へと戻った。一緒に登録すればよかったのにと、思わずにはいられなかったが、何かしら事情があるのだろう。


 そして、私は指輪を右手の親指にはめる。王都で盗まれてから、極力、外に出さないようにしているのだが、


「まな、指輪持ってくの?」

「ええ。あたしが持ってる限り、溶けないから」

「あ、そっか! 賢いねー!」

「これくらい、誰でも思いつくわよ」


 ギルドの前で合流した私たちは、それから、崖の点検に向かった。

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