第2-14話 そんな事実は知りたくない
「やっぱりそうか……」
あかりはそう呟いて、魔法で作った剣を消滅させた。レックスはやれやれと起き上がってソファにどっかり座る。腰をしきりに叩いていた。
「え、ん、どういうこと? 何一つ分かんないんだけど?」
理解の早いあかりと対照的に、私にはレックスの説明が一つも分からなかった。いつもとはまるで逆だ。
「もう一度言うぞ? 三百年に一度、女王の歌声から蜜をとって、ハニーナっていうモンスターに供えにゃならん。だから、誘拐した。これは、国王に頼まれたんだ。代理の王様ではあるが、昔からよく面倒を見てやったもんで、協力してやろうと思ってな」
「それはさっき聞いたわ。それで、なんで、マナをさらうのか、分かんないって言ってるんだけど?」
「ほぁ?」
「は?」
レックスと私は首を傾げ、唯一、事情の分かっていて、それでいて楽しげなあかりの方を見る。まゆはまだ寝ていたが、起きるまで放っておいていいだろう。
「えー、どーしよっか──」
「早く言いなさい」
「……じゃあ、言っちゃうけどさ──女王って、アイちゃんのことだよ?」
「…………………………………………は?」
「沈黙が長い!」
「は?」
「気持ちはすごく分かるけど、頑張ってのみこんで!」
「のみこむのみこむ……いいえ、理解不能。無理ね」
「マナって、そんなに女王っぽくなかったか?」
「うーん。まあ、色々あったからさ」
「……それだけで変わるほど、あの子は弱くないと思ったけどな」
「だから、色々なんだって」
「そうかぁ……」
レックスが後頭部をガシガシかいた。もう、目に入るものを追うので精一杯だ。
「つまり、逃亡中の『王女』っていうのが、アイちゃんなんだよ」
「……千里、いえ、万里譲って、それが事実だとしても、なんで学校に通ってて、今まで普通に過ごしてたの?」
「ノア学園の経営者が魔族だからだよ。隠れ魔族も結構多いみたいだし、身柄を隠すには一番いいんだってさ。単に、頭がいい学校ってだけじゃないんだよ──って、まなちゃんが教えてくれたんじゃなかったっけ?」
教えた可能性は大いにある。あかりから聞く以前に知っていたからだ。だが、そういうことを言っているわけではない。脳が理解を拒んでいる。拒否反応だ。
「ほら、マナ・クラン・ゴールスファじゃん。この国、ルスファって、名前でしょ? あと、クランは王位継承者の称号」
「逃げ場が失われていくわね……」
「それにさ、アイちゃん、なんでもできるって気しない? 未来の王様として、色々と習得してるんだよ」
言われてみると、確かに、そうかもしれない。授業中は寝ているか、落書きしているかのどっちかなのに、テストは毎回満点だし。よく色んな部活から助っ人を頼まれている上、体育でも活躍している。足も速い。魔法もすごくできる。そして、可愛い上に、女性的な起伏に富んだ体型をしており──、
「全然気づかなかったわ……! むしろ、弱点とかなくない? 宝石を片手で潰すくらいにはお金にも困ってなさそうだし、いいえ、王族だから当たり前ね……。あ、朝が弱いとか!」
「あれはねえ、起きる気がないだけで、放っておけば、一人で起きられるんだよねえ。ま、王様の朝は早いからさ」
「ええぇ……!?」
毎朝起こす、あの苦労が無駄骨の可能性を指摘され、全身から力が抜けたかのように私は項垂れる。
「あ、そういえば、料理は? 前に、あたしが風邪引いたとき、すごいものができてた記憶があるんだけど」
「あれね。アイちゃん、お姫様だから、料理したことないんだよね」
「それを言われると……」
私も最初からできたかと言われると、そうではない。昔は釣ってきた魚を炭にして食べたりしていた。そこは勝てるポイントに入れてもいい気がするのだが、マナが練習して上手くなったら勝てない気しかしないので、プライド的に、却下。
「まあ、それはひとまず置いておくとして。マナの……女王の歌声を蜜にする、三百年に一度の行事ってことは、多分、相当大きなお祭りですよね?」
「その通りだ。とはいえ、王都っつっても広いからな。中心、つまり、城に近づくほど、審査が厳しくなる仕組みだ。祭りに参加しようと思ったら、中心に向かって、あと二つ、門を超えなきゃならん」
王都は円形になっている。門が二つということは、つまり、同心円状に、王都が三つの区画に分かれているということだろうか。
「なるほどねえ。つまり、アイちゃんはそこにいるってわけだ」
王女であり、次期女王であるというのが事実ならば、当然、王都の中心、王城にマナはいることになる。正直、まだ疑っているけれど、いずれにしても、一度、マナに会ってみないことにはどうにもならない。
「それで、どうすんだ?」
「どうするって?」
「じゃあ聞くが、お前さんたち、二つも門を突破できると思うか? あかりは論外として、まな二号。お前さんは何か後ろめたいこととかないのか?」
二号はやめてほしいと言ったはずなのだが。まあ、レックスには何を言っても無駄だろう。本当に嫌なのだが、諦めるしかなさそうだ。まゆについては触れなかったが、ご覧の通り。好奇心のままに行動するため、前科などいくらでもある。民家に侵入したりとか。お店のものを持ってきたりとか。
私の場合もそうだ。魔族であるということを抜きにしても、掘り返されたくない過去はある。
「門を通るときには過去の洗いざらいを調べられる。家庭環境とか、対人関係なんてのもな。一つでも問題だと思われる事項が見つかれば、通ることはできない。とはいえ、オレみたいな例外もいるにはいる」
「王様の奴隷は別ってことね」
「奴隷じゃねえっつの!」
なんの問題もなく、ただ平和に暮らしてきた人など、果たしてこの世に何人いるだろうか。加えて、対人関係も調べられるそうだから、周りに問題のある人がいては入れないということ。そうなると、ますます、入るのは難しいだろう。
「とりあえず、試すだけ試してみましょう」
「僕は遠慮しておくよ。まなちゃんだけで行ってきて」
あかりは行くとは言わなかった。確かに、彼の素行の悪さなど、今に始まったことではないが、王都入口で私に試してみろとしつこく誘ったわりに、やけに、諦めがいい。
「本当に行かないわけ?」
「うん。絶対通れない自信があるからね。まあ、他の方法で入れないか考えてみるよ」
それは法律に触れるのではないか。
しかし、マナは誘拐されているのだ。本来ならルールの中で戦うべきだが、ここは相手のやり方に合わせることとしよう、と、私は無理やり自分を落ち着かせる。
「それで、その門とやらはどこにあるわけ?」
「一番近いところだと、ここから歩いて一時間くらいか?」
「は? え、ちょっと待って。……もしかして、乗り物とかないの?」
「唯一、馬車がある。だが、速度制限があるからな、人が歩くのと大して変わらん」
車が空を飛ぶ時代に、馬で移動している人が国内にいるなどと、誰が予想しようか。あかりが言うように、本当にトレリアンはど田舎なのかもしれない。というよりも、田舎を超えている。超田舎だ。
「文句なんて言ってられないわね。──その辺の馬車を拾えばいいの?」
「そうだな。ヒッチハイクってやつだ。まあ、今の時期は門に直接向かうやつらも多いだろうし、なんとかなるだろ。頑張れよ」
私はレックスとあかりとともに外に出る。というのも、私一人ではここから降りられないからだ。
「じゃあ、お姉ちゃんをよろしくね」
そうして私は鞄に掴まり、下に降ろしてもらった。行動するなら、早い方がいいだろう。そうして、私は馬車の見えるところに向かって、歩き始めた。
──まなが去った後。
「……行きはいいけど、帰るのめちゃくちゃ大変じゃない?」
「無理やり馬車の流れに逆らって進むか、流れに従って一周するか。どっちにしろ、早くても六時間はかかるだろうな」
馬車の流れに逆らうのも不可能ではないが、ほとんどの道で歩道が整備されておらず、地面はブロック状の石を合わせて作られており、平らではない。馬車が通るだけで地響きがするような場所だ。危険であることに変わりはないだろう。
「ほんっと、性格悪いよね……」
「なんとでも言えぃ」
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