第2-13話 起こしたい
あかりは寝ているだけだ。そこまで心配することもないだろうと、私は出されたお茶に、躊躇いなく口をつける。味から毒を割り出せれば結構だが、私にそういった特殊な技術はない。知識はあるけれど。
「おっ、勇気があるなぁ。美味いか?」
「普通。市販の麦茶の味がするわ」
「大正解」
薬が効かないのは結構だが、戦う術もないので、どうしようかと、頭を悩ませる。現在、向こうに戦闘の意思がないことだけが幸いだ。私が身構えたところで、相手がその気になれば瞬殺だろう。
「嬢ちゃん、あかりがやられてるってのに、危機感とかなさそうだな?」
「は? なんであかりごときがやられたくらいで、あたしが動揺しないといけないわけ? それに、授業中はずっと寝てるし、今さら薬で寝たくらいで、驚けっていう方が無理な話ね」
「──ハッハッハッ! そりゃあ傑作だ!」
レックスが全く手をつけないところから見て、このお茶には速効性の、相当強い眠り薬が混ぜられているのだろう。二、三、名前が浮かんだが、まだ特定はできない。
「嬢ちゃん、名前を聞いてもいいか?」
「まなです。マナ・クレイア。あっちは、まゆみ」
本来なら、知らない相手に名前なんて言わない方がいいのだが、どうせ呪いも魔法も効かないし、このご時世、名前という個人情報にたいした秘匿性もない。それからしばらく間があって、
「……マナ・クレイア?」
「人の名前を意味深に呟かないでくれる?」
「おおっと、悪ぃ悪ぃ。この歳になっても、嘘と隠し事は下手でねぇ」
「さっさと吐いたらどう?」
「そうしたいのは山々なんだが……、まあ、大人には大人の事情ってもんがあんのよ」
どうせ教えてくれないだろう。ならばと、違うことを聞いてみる。
「この薬、どこから出てるの?」
「オレが魔法で作って、風で流した」
「へえ。薬、詳しいわけ?」
「いーや。ちょちょーっと、ネットで調べただけだ」
「──そう」
素人でも簡単に作れる即効性の魔法型睡眠薬となれば、一つしかない。
「ネムルン」
瞬間、レックスの顔が驚愕で満たされたのが分かった。私が突然おかしなことを言い出したから、ではなく、それが、使われている睡眠薬の名前だったからだろう。
「まな……二号! お前さん、死ぬほど頭いいな!」
「その評価はありがたいけれど、たまたま知ってただけよ。あと、二号って呼び方、すごく気に触るからやめなさい」
私は常に持ち歩いている鞄から、小瓶を二つ取り出し、混ぜて、注射器に入れる。この鞄は別にトンビアイスを持ち運ぶためだけに持っているわけではない。魔法が使えないなりに、知識による対抗手段を用意してあるのだ。
「うわっ、オレ、注射とか針とか、無理なんだわ」
「安心して。あんたに投薬するわけじゃないわ」
レックスが目をそらしている隙に、私はその針を、あかりの腕に斜めに入れる。なんとなく、あかりも注射は苦手そうなので、素早く終わらせ、注射器をしまう。
「え、何したん?」
「ネムルンを打ち消す薬を投薬しただけ。覚せい剤はさすがに入手が難しいから、もっと別のやつね」
「……冗談きついぜ」
直後、氷の剣を手にしたあかりが、得物をレックスの喉元に突きつけ、床に頭をつけさせていた。あかりは、もう、何も言わなかった。何が言いたいかはレックスも分かっているだろうし、これ以上会話しても、かわされ続けるだけだと判断したのだろう。
「この体勢だと話しづらいから、起き上がらせてくれねえ?」
「──」
「はいはい、今度こそ本当に降参だよ」
普段うるさいやつが黙ると怖いということを、私は学んだ。
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