第2-11話 レックスを知りたい

 検問の列に並ぶ間、私は投獄されるという知識を、どこで得たのか思い返していた。というのも、あかりに、


「そもそも、どこでそんな話聞いたの?」

 と、尋ねられたからだ。


 この付近に立ち寄ったのは、確か、五年前。そのときにはもう知っていたことになるが、それ以前となると、本で読んだとしか思えない。私は記憶をたどり、ある一冊の本の存在を思い出す。


「初めて聞いたのは、魔族と人間っていう絵本だったわね」

「あ、それ、僕も知ってる。人間が魔族に手を差し伸べたけど、結局、騙されて、氷漬けにされる話でしょ?」

「それは人間と魔族。あたしが言ってるのは、水晶に手を乗せて、魔族って判断されると投獄されて、人間に鍋で煮られるって話よ」


 つまり、子どもたちに、魔族や人間は恐ろしい存在だと、植えつけるための絵本ということだ。アニメでも、敵といえば、人間──、逆の立場なら魔族、と相場が決まっている。おそらく、トレリアンにはテレビなどないだろうが。そもそも、電気が通っていなさそうだ。


「まあ、絵本だし、結局は、作り話ってことだよね。きび団子で仲間になるイヌ、サル、キジはいないし、顔を食べさせてくれる空飛ぶパンもいないんだよ」

「後者は知らないけれど……前者はいるわよ」

「ピーチ太郎!?」

「有名な話ね。そのきび団子には、相手を優しくする魔法がかけられてたわけ」

「何その、ふわっとして良さげだけど怖い魔法」


 優しくするとはいえ、相手の性格を変える魔法だ。今の時代に使えば法律違反になる。


「それで魔王を倒したっていう話よ」

「鬼じゃなくて!?」

「ちなみに、実話」

「桃から人生まれるの!?」

「魔族は桃からも生まれるわよ、当然でしょ? ……つまり、魔族が魔王を倒したっていう、有名な話よ。国家反逆罪で太郎は亡くなったけれど、それ以来、魔族と人間の溝は小さくなって、共存できる世の中になったってわけ」

「なんかすごい!」


 まあ、間違ってはいないけれど、すごいの一言で済ませてしまうのはどうかとも思う。


「っと。次、僕たちの番だね」

「ええ……」


 いかにも怖そうな顔の門番だ。というより、正確には、顔が怖い。三人くらい殺していそうだ。


 一人一人、身分証を丁寧に確認しているし、そのせいで列もできている。これは、なかなか、手強そうだ。


「次の方──」

「やあ、久しぶり」


 片手を上げ、まるで旧知の仲であるかのように、あかりは顔が怖い門番に話しかけた。


「すっごい馴れ馴れしく話しかけたねー」

「さすがあかり。わけが分かんない」


 五回くらい投獄されていそうな顔つきの門番は、あかりの顔をなめ回すように、そして、威嚇するようにじっくりと眺め──、


「……榎下朱里ィ!? 貴様、なァぜここにィ──!」


 声の出し方がもう、本物のそれだ。語尾が上がる感じとか、巻き舌とか。絶対、この顔は門番じゃない。


「なぜって言われてもねえ。それはそっちが一番よく分かってると思うけど? それで、通してくれるの? くれないの?」

「……通れィ」

「ありがとー。それじゃ──」

「待てィ。連れは別だ」


 王都の門番がそんなに甘いはずがなかった。まあ、だろうな、という感じだ。


「いやあ、この子、ちょっとワケありでさー。僕の顔に免じて通してよ。ね?」

「オメーの連れだから確認するんだ!」

「相変わらず、信用ないわね……」

「いやー、それほどでも?」

「誉めてない」


 私は緊張しながら、学生証を提示する。学生証には魔族と書かれているので、隠すことはできない。確認される時間が、とても長く感じる。


「お名前は?」

「マナ・クレイアです」

「生年月日は?」

「二〇七〇年四月二日」

「──ご提示ありがとうございます。どうぞ、お通りくださィ」

「え、ええ……」


 意外にも、すんなり通れた。身構えた分だけ損した気分だ。言葉遣いも丁寧だし。……変な癖が抜けてないところがあるけれど。


「それと、余計なお世話かもしれませんが、魔族だからと不当な扱いをすることはありませんので。──ニィ」

「──ありがとうございます」


 そうして門番は笑顔で見送ってくれた。が、怒っているようにしか見えなかったし不気味だった、というのは心の中に閉まっておこう。いい人っぽかったし。


「ほら、通れたでしょ?」

「……そうね」


 どうやら、自分でも気がつかないうちに思い込みをしていたようだ。そういうこともあると、肝に銘じておかなければ。


「よーし、行こー!」

「お姉ちゃん待って。……それで、どこに行くの?」

「んー。とりあえず、レックスの鍛冶屋に行こっか」

「いきなり犯人のところに行くわけね。それで、どこにあるか分かってんの? 方向音痴のあかりさん?」


 以前、ノラニャーを追いかけていたときに、ぐるぐる歩かされた末に、もとの場所に戻るというのを経験しているため、信用できない。


「方向音痴は否定しないけどさ。こればっかりは迷いようがないからね」


 開き直ったあかりが上を指差す。その視線の先──壁の上に、何やら黒い物体が見える。遠いのでよく見えないが、建物のようだ。


「まさか、あれ?」

「そう、まさかの、あれ。迷いようがないでしょ?」


 その、レックスの鍛冶屋とやらは、こともあろうか、王都を囲う壁の上にあった。


「高いところが好きってことは……馬鹿なの?」

「発想が単純!」

「短絡的思考、ってやつだねー」

「──まあ、会ってみれば分かるって」


 まゆは難しい言葉を使った気になってどや顔をしており、あかりは相変わらず何も教えてくれなかった。


 だが今は、その言葉に従い、会ってみるしかないのも事実だった。

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