第2-10話 王都に行きたくない

 一体、何秒経過しているのだろう。前から風を受ける中、腕に力をこめて、ただ、ひたすらに必死だった。


「まな見て見て! すごい景色だよー!」


 途中、そんな声が聞こえたが、景色を味わう暇などない。こっちは生きるか死ぬかなのだ。


 とはいえ、少しずつ慣れてくるもので、視線の先に王都の城壁が見えてきた。白い石造りの壁が王都を円で囲んでおり、王城はその中心に位置している。ずいぶん高い壁だ。城の頭しか見えない。


「なんだか、歴史を感じるわね」

「ああ、スマホもテレビも洗濯機もないど田舎だからね」

「……すっごく悪意を感じるわね」


 王都の周りはモンスターが強く、初代魔王がモンスターを初めて産み出したのがこの場所だったと言われている。そして、モンスターには人間──特に、王族や、魔力の強い者を狙う習性がある。今よりもっと深い溝があった際に、そういうものとして産み出されたのだろう。


 とはいえ、魔族も狙われることはあるのだが、そもそも産み出したのは魔王であるため、人間の魔族に対する恨みは尽きない。まあ、逆も然りというやつだが。


 しかし、私が言いたいのはそこではない。私はやっと地面に足がつき、肩で息をする。体力というよりも、恐怖と緊張が安堵に変わったときの疲れだ。そうして呼吸を整え、なんとか落ち着く。


「周辺の強いモンスターを王都に集めるために、王都は他の都市と引き離されてるんだから、文明が発達してないのも仕方ないわ。まあ、あたしにとっては、むしろ、住みやすいかもしれないけれど」

「うん、よく分かんないけど、めちゃくちゃ田舎ってことだね」

「へー、そうなんだー?」


 そもそも、この辺りは魔族とモンスターが共存するために確保された土地だ。魔族は人間よりも魔法が使えるので、道具など使わずとも、十分に暮らしていける。そういう意味で、技術は発達しなかった。そこを人間が征服したところで、すでに周りの都市との間の文明の発達具合は、もはや、修復不可能なレベルにまで達していたというわけだ。


 魔力は豊富だが、ビジネスに利用するにしても、ここまでの魔力を必要とするものは今のところ開発されておらず、土地の利便性も悪い上、何より、命の危険がある。取引をしたがる人は少ないし、王様は今日に至るまで、文明を発達させようとはしなかった。


 今のトレリアンは、王がいるという意味でだけの王都であり、最も発達しているのは学園都市ノア、つまり、私たちが住んでいるところだ。


「むしろ、最近はその田舎ってとこを売りにしてるわよね」

「確かに、空気が綺麗だねー! 気持ちいいー!」

「空気が綺麗なところくらいしか良さがないっていうね」

「これで、なんで王様が怒らないのか、あたしにはさっぱりだけどね……」

「どういうこと?」


 無理解を示す私にあかりが尋ねてくる。難しい話はそもそも耳に入ってこないようなので、なるべく簡単な説明を心がける。


「要は、囮にされてるってことでしょ。しかも、たいした娯楽もないだろうし、よくやってられるわ」

「だから、やっぱりいい人なんじゃない?」

「それが事実だとしても、あたしは王都には入れないでしょうけどね」


 人柄がどうであれ、魔族に対する偏見が国から消えていないのは確かだ。そういう教育をされているのか、外面だけがいい卑劣な人柄なのかは知らないが。


「試してみたら?」

「それで投獄されたらどうするつもり?」

「そのときは助けてあげるって」

「脱獄? 正気?」

「まあまあ、最悪、捕まる前に全力で逃げればいいしさ。ね?」

「あんた、走るの遅いじゃん……」

「ま、なんとかなるって」

「なんとかなるなる! えいえいおー!」


 あかりの三倍くらい話が分かっていなさそうなまゆを見て、私は眉間のシワを指で必死に伸ばした。

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