第2-9話 空を飛びたい
新幹線を降りると、そこには広い草原が広がっていた。新幹線の手前まではいかにも都市らしいが、ここから先は何もなさそうに見える。
「うわあ! ひろーい!」
「えーっと、ここからどうするの?」
「あんた、少しは調べなさいよ……。普通は魔法の絨毯とか、空飛ぶほうきとか、鳥形の使い魔とかで移動するらしいわ」
「なるほどねー。……え? もしかして、歩き?」
そう、私は魔法が使えない。魔法の道具も、私に触れると効果がなくなる。とことん、魔法とは関われない人生だ。
「早くしなさい。急げば、一時間で着くわ」
「あの、まなサン、看板、読めてマス?」
降り立った地点の看板には、こう書かれていた。
──この先真っ直ぐ、トレリアン。
注意! 王都付近は強いモンスターがたくさん出ます!
王都までは、必ず、空を飛んで移動してください!
「ほら。ダメだって、飛んでいかないと」
「そう言われても。あたしは空を飛べないし。……いいえ、確かあのとき──」
木から落ちた私を助けたとき。マナは確実に、魔法で私の落下速度を遅くしていた。私に魔法は効かないにも関わらず。それはつまり、
「何かしら方法はあるはず。……あかり、ちょっと、実験してみましょう」
「うん?」
今にも駆け出しそうなまゆを必死に引き留めながら、私たちは駅から離れて、広い場所を確保する。
「あかりの得意な魔法って?」
「全部」
聞いた意味がない。だが、あかりの力を知るいい機会だ。
「じゃあ、まず、氷で何か作ってくれる?」
「おっけー」
そう頼むと、あかりは手で槌を打って、氷の木を空から降らせた。
「これでいい?」
「あんた、これ、溶けなかったら、なんとかしなさいよ……?」
「はいはい」
「わー、すごーい!」
私はそのバオバブのような巨木に、そっと触れる。瞬間、木は粒子になって、消え去った。少し気温が下がった気はしたが、冷たさは感じなかった。
「次、行くわよ」
「はいはい」
次は、火だ。
「生ぬるい」
さらに、風。
「髪の毛すら揺れそうにないわね」
そして、土。造形された土壁は、簡単に壊れた。
「土と氷って、物質が違うだけで、役割一緒じゃない?」
「いやいや。土なら透けないし、氷よりも柔らかいし。何より、地面から出せるってところが魅力的だよね。転ばせたりとかさ」
「陰湿ね……」
「でも、モンスターと戦うときは結構使えるよ?」
「陰湿ね」
「二回言ったっ!」
私はもう一度、考えてみる。落下が遅くなった、ということは、風だと思うのだが。一応、全部試しておこう。
「魔法で作った水って、飲めるの?」
「えっ、なにその発想。こわっ」
「怖いの?」
「てか、気持ち悪いよね。飲めなくはないと思うけど、やめた方がいいと思うよ」
というわけで、水をあかりに出してもらうが、やはり、触れた瞬間、消えてしまう。
「じゃあ、次ね」
「えー、まだやるの? もう歩いた方が早くない?」
「あんた、勝負の時とは違って、根気ないわね……」
魔法で不可能とされていることはほとんどない。だからといって、万能な力であるかと言われると、そういうわけでもない。
戦いの際に用いられるものの代表は、火、水、風、地の四つだ。氷は温度を操るので、火に含まれる。とはいえ、使える魔法はその四つに限らない。魔法は願いの力だ。たいていのことはできる。
「次はそうね……凍らない程度に温度を下げてみなさい」
「そっか、そういうこともできるんだ……」
あかりは大気を少しずつ冷やしているようだ。そうすると、少しだけだが、気温が下がったのを感じて、私は、鞄からトンビアイスを取り出す。まゆにせがまれて、乗り換えるときに買ったものの、やっぱりいらない、と言い出したため、鞄の中で溶けてしまった、という経緯を持つトンビアイスだ。あかりにあげようとしたが、さすがに断られた。
「はい、冷やして」
「ああ、うん」
私が持っているにも関わらず、トンビアイスはひんやりと冷たくなっていく。予想通りだ。
「いい感じね」
「えーっと、つまり、どういうこと?」
私はしっかり冷えて固まったトンビアイスを食べる。キンキンに冷えている。それを食べながら、私は説明する。
「つまり、魔法で気温を下げると、ロスが発生するわけ。魔法の影響を受けてるとこだけじゃなくて、その周りも若干温度が下がるの」
「えーと?」
「少し違うけど、魔法の火でフライパンを使うことを想像してみて。焼けた目玉焼きに私が触った瞬間、生卵に戻るわけがないでしょ?」
「え、戻らないの?」
「……それができたら、あたしの存在が魔法になるわよ。──とにかく、間接的になら影響を受けるわけ。魔法の火は平気でも、火で熱した鍋で煮込まれたらあたしも死ぬのよ」
「ほへー」
とはいえ、大気を熱したとしても、私には効かない。大気が魔法で熱されるのは、気体の温度が上がるわけではなく、空気中の魔力が熱されるからだ。まあ、ロスの分だけ、ほんのり暖かさは感じるだろうが。
あかりは、分からないというよりも、理解する気がないという顔だ。理論はいいから、方法と結果だけ教えてくれというタイプ。私は説明したいのだが、説明のしがいがない。
「まあいいわ。この鞄、風で浮かせてみて」
私は肩掛けの鞄を肩から外す。それをあかりは宙に浮かせる。紐部分に触れているにも関わらず、私から離れたポーチの部分はふわふわと浮いていた。紐部分は当然、私が持っているので、浮いてはいない。
風の流れは複雑だが、普通の風よりも、魔法の風が辺りに及ぼす影響は少なそうだ。現に、私の周りには少しも風が吹いていない。加えて、寒さのときよりも、ロスが少なそうだ。
そして、触れている物体が私からどれだけ離れているかということも、魔法が使える使えないに関わってくるわけだ。そうでなくては、燃やされたときに服が焼ける。きっと、私には魔法の火を使って、フライパンで料理はできないだろう。フライパンが熱されないからだ。
私はトンビアイスがハズレであることを確認する。今さら、落胆も何もない。察したあかりが、駅のゴミ箱まで棒と袋を魔法で運んでくれた。戻るのは手間だと考えていたので助かった。
「ポーチ、もうちょっと高く上げてみて」
「うん──ぉおお! まなちゃんが浮いてる!」
「どう? これで空を飛べるわ」
「ちょっとだけだけどねー」
私は肩掛けの紐に左手で掴まり、宙に浮く。鞄はチャックがついているので、逆さまになっても中身は出ない。右手にはまゆが掴まっていたが、まゆは普通に飛べるはず。そのせいか、感動も薄そうだ。
「じゃあ、降ろして──」
「よし、しゅっぱーつ!」
「うええっ!? ちょ、ちょっと、ぎゃあああっ!!」
「あははっ! 楽しー!」
降ろしてもらうことは叶わず、私はひたすら落ちないように、そして、まゆを落とさないように必死だった。
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