第2-7話 子ども料金でいきたい

 ──レックス・マッドスタ。赤髪に緑瞳の男。年齢は五十前後。


「それで、今どこにいるか分かるの?」

「王都だよ。トレリアン。鍛冶屋をやってるって」

「げ、王都……」


 私は心の底から憂鬱になる。人生で一番行きたくない場所だ。


「あはは、行きたくないみたいだねえ?」

「人には事情があるの」

「その事情って?」


 黒い瞳が問いかけてくる。マナがそこにいるかもしれないのに、行きたくないから行けない、ではどうにもならない。


「はあ……。本当はもう少し隠しておきたかったんだけど」


 私は頭と背中に意識を集中させる。そして、頭から二本の角、背中の下辺りから尻尾を顕現させた。


「うおっ! 角と尻尾! ってことは……魔族!?」


 私は渋々、頷く。角と尻尾を出しておいて、今さら言い逃れもできまい。


「そう、これでもあたしは魔族なの。あ、でも、魔法も使えないし、人間を恨んでるわけでもないし、無害よ」

「いや、それは分かる」


 私は角を軽く叩いて、すぐにそれらをしまう。


「魔法が使えれば、角から魔力を吸収できて、人間より強くなるんだけど、魔法が使えないあたしは取り込んだ魔力を上手く放出できないから、毒でしかないわけ。まあ、お酒が飲めないみたいなものね」

「急に変な例えしないで……? それで、なんで行きたくないの?」


 あかりの純粋な疑問に、私は驚く。それが分からないというのは、知識不足でも、頭が悪いからでもない。それが示すのは、ただ一つ。


 つまり、あかりはこの世界の人間ではないということだ。名前が変わっているので、もしかしてとは思っていたが、外国人らしい。いや、異世界人といった方が正しいか。とはいえ、今はそんなことを言っている場合ではない。


「最近は、昔に比べたら魔族と人間の間の溝も薄くなったわ。でも、完全に消えたわけじゃない。特に王都の周辺では、今でも魔族を敵視してるわけ。何かの拍子に魔族ってことがバレたら、なんやかんやいちゃもんをつけられて、投獄されるし、そもそも、王都の門すらくぐれないでしょうね」

「えっと、もう少し、簡単に言えない?」

「あたしがこの角を折って尻尾を切らない限り、王都には入れないってこと。分かる?」

「ええっ、王都って、そんなに危険な場所じゃないと思うけどなあ……」


 それは、あかりが人間だからだろう、とは言わなかった。加えて、おそらく、あかりは王都の付近か、王都そのものに住んでいたのだろう。他の場所なら度々、小競り合いも起きるが、王都にはそもそも魔族が近づかないため、見かけ上は平和なのだ。


 この国、ルスファを統治しているのは、今のところ、人間だ。人間に好き勝手されているという思いは、どんな魔族でも少なからず持っていることだろう。自爆覚悟で国王の首を狙う事件も少なくはないが、過去千年の歴史を見ても、暗殺が成功した例は少ない。


「先代の国王サマも、流行り病で亡くなったんだよ? それは痛ましいことだけどさ、人同士の争いがないって意味では、平和そのものじゃない?」

「……とにかく、あたしは王都に入れないわけ。近づきたくもないの。でも、マナのためにはそうも言ってられないし、腹をくくる覚悟はあるわ。ただ、通れるか通れないかが知りたいの」

「そっか、分かった。とりあえず、王都の知り合いに連絡してみるね。……あ、もしもし、トイス? 僕だよ、僕僕。久しぶり──」


 詐欺のような電話をするあかりを意識から外し、まゆの方を見る。


「お姉ちゃん、王都に行きたいって、昔から言ってたわね」


 ただ、私と二人ではどうしても、王都には近づけない。そして、少し前よりも、今の方が監視の目は厳しい。王様の病死も、魔族によるテロではないかという考えは一部にあるようだ。まあ、それは根拠があるわけではなく、ただの魔族への偏見だけれど。


 監視が厳しい理由は、それだけではない。先代の王が崩御した際、次に王になる予定だった人物が──王子だか姫だか知らないけれど──逃亡したらしい。


 代理の王を立ててはいるが、代理は代理だ。いまだに逃亡中のその身柄は捜索されており、捕まり次第、王座につかせるとのこと。逃亡するような王は放っておけばいいと思うのだが。


「行きたくはないけれど、行くしかないわね──」

「まなちゃん。やっぱり、アイちゃん王都にいるみたい」

「え? ……結構、あっさり見つかったのね。そのトイスって人、何者なの?」


 私がそう尋ねると、あかりは私の顔をまじまじと見つめ、吹き出した。


「そんなにあたしの顔が面白いわけ?」

「いや、全然? そうじゃなくてさ。……そっか、まなちゃん、アイちゃんのこと知らないっけ。ふはっ」


 また、感じの悪い笑いだ。私はあかりを、思いきり、睨みつける。その視線を感じたあかりは両手を上げ、振りながら、いかにも適当な感じで謝った。


「あたしは魔族だって告白したわよ。そっちも隠してることがあるなら、さっさと白状しなさい」

「──えーっと、新幹線でいい? 僕、基本的に空飛んで移動しちゃうから、乗り換えとか全然分かんないけど」

「それ、空飛べるの、関係ないから……」 


 誤魔化された以上に、最近見慣れたあかり節を億劫に感じ、私は眉間のシワを伸ばす。


 まゆは子ども料金でもいけそうだな、などと馬鹿なことを考え、お金の心配ばかりするのだった。

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