第1-2話 今のをなかったことにしたい
赤い瞳。色素が抜けたように真っ白な髪は肩まで伸び、左寄りの高い位置で結ばれたサイドテールだけが、ほんのり赤みがかっている。──そんな自分の姿を鏡で確認する。
「まなまなまな! 見て見て! 今日の占い、まな、一位だよ!」
私の忙しさなど意にも介さず、部屋に設置されたテレビを見ているまゆが、興奮気味に私を呼ぶ。
「ふーん」
「わあ、興味なさそー!」
別に、興味がないわけではない。ただ、着慣れない制服に少し手間取っていて、他に意識を割く余裕がないだけだ。
「人から言われたことは、ちゃんとやりましょう、だって! 一位なのにー! あはは!」
「あっそう。まあ、あたしは、自分が正しいと思うことしかやらないけどね」
部屋を見渡して、何も置き忘れがないことを確認する。今日でこの部屋とはお別れだ。とはいえ、もともと大したものは置いていないのだが。
──と、机の上に置き忘れてあった紙が目に入る。
『今日は災難な一日になります。夜の外出は控え、頼まれたことは、素直に聞き入れましょう。まなちゃ。絶対、夜の外出はしないでね。お・ね・が・いハアト』
送り主不明の紙だ。一年前から毎日届くのだが、これがなかなか、よく当たる。テレビの方は全く当たらないけれど、残念ながら、今日は占いも紙も同じ助言だ。
とはいえ、紙の指示に従うのも、ふざけた文面も気に入らないので、いつも、見なかったことにしている。
「よし、準備完了」
紙を丸めてくずかごに入れ、再度、部屋を確認し、私は部屋を出た。
***
初日の授業が全て終わり。何事もなく一日を終えられそうな気配に、私は安堵のため息をついた。しかし、その感情をたいして味わいもせず、すぐに席を立ち、帰り支度の済んでいる鞄を肩にかける。
周りは皆、新しくできたばかりの友だちとの会話にでも勤しんでいるのか、ずいぶんと賑やかだ。──まあ、どうでもいいけれど。
「くしゅっ」
「まな、風邪?」
「そんな簡単に風邪なんて──へくちっ」
私のくしゃみに反応したのは、隣の席に座る白髪の少女、私の姉、まゆみだ。空の色をした瞳が、私の顔を心配そうにのぞき込んでくる。
だが、おそらく、風邪ではない。
ぐるっと周囲を見渡すと、数人が慌てた様子で目をそらすのが見えた。おおかた、噂でもされているのだろう。理由は知らないし、まあ、どうでもいい。
付け加えると、今まで私に友だちがいたことはないが、今も昔も、まゆがいるので、必要だと感じたこともない。私にとって大切なのは──まゆだけだ。
「ん? わたしの顔、何かついてる?」
「よだれの跡がくっきりとね」
「あはは、いい天気だし、眠くなっちゃって」
「少しは悪びれなさいよ……」
まゆは、授業中に堂々と寝ていたことを、少しも悪いと思っていない様子だ。今日は、偶然、先生に気づかれなかったが、いくら窓際後方の席とはいえ、そのうち、大目玉を食らうに違いない。
そんな戯言を考えながら、一歩、踏み出そうとしたとき、
「あ、待って!」
右腕を掴まれ、私は反射的に振り返る。私を引き留めたのは、後ろの席の少女だった。
私を掴む手はすらりと長く、肌は透き通るように白い。桃色の頭髪は、見とれてしまいそうなほどに艶やかで、私を見るカナリアのような黄色の瞳は、感情が抜け落ちたかのような、無の色をたたえている。それらすべてが、作り物のように美しく、全体として、可憐に咲く花のような印象を受ける。
「何?」
その瞳を見つめ返すと、少女はさっと目をそらし、隣の窓際の席に目を向ける。そこに座る髪の長い少年は、なぜか笑顔でこちらを見ていた。私の顔が面白いのだろうか。
「なんか用?」
「用っていうかさ、まだホームルーム、終わってないよ?」
「ほーむるーむ?」
私が問い返すと、少年は困ったように眉をひそめる。
「えっと、帰りの会的なやつだよ」
「帰りの会?」
「えーっと、アイちゃん、パス!」
少年は説明を早々に諦め、隣の少女に交代する。
「先生から、ありがたいお告げをいただく時間です」
「お告げって」
少年の反応を見るに、少女の説明が完璧に正しいとも思えないが、まあいい。
「とにかく、まだ学校は終わってないってことね」
「そういうこと」
少年の肯定を受けて、私は鞄を机に降ろし、席に座り直す。単に見落としていただけで、サボる気は毛頭ない。
その後、すぐに担任の先生が教室に入ってきた。一応、私はまゆに尋ねる。
「お姉ちゃん、ほーむるーむ、って、知ってた?」
「へ? わたしが知るわけないでしょ?」
まゆは、さも当然であるかのように、そう言ってのけた。二人がそれぞれ確認していたのなら、見落とすこともなかったかもしれないのに。
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