この想いの名前は。
桜坂 透
第1話
“恋に落ちる”とよくいうけれど、なぜ落ちる、なのだろう。
と、僕は思っていた。僕は、恋というものがわからない。西日の差す教室内。目の前に座っている彼女を見遣る。僕は彼女のことを特別だ、と感じていた。でも、これはきっと恋ではない。そう直感できた。ただ、この感情が何なのかがわからなくて、困っている。
友達には、彼女のことが好きなんだろ、とからかわれるけれど、本当にそういうことではなくて。もし、彼女が他の男と腕を組みながら街を歩いているところを見たとして、僕は、きっとなんとも思わない。嫉妬心というものがまるで、ないのだ。
「君は、好きな人っている?」
僕は率直に聞いてみた。
「どうしたの、急にそんなこと」
「気になったから聞いてみた」
彼女は少し驚いたみたいだったけれど、僕の方を見て、すぐに真顔に戻った。
「普通、そういう台詞って、私に気があるんじゃないか、ってときめいたりするものだけど、君の場合はまったくそういうことじゃなさそう」
「純粋に疑問に思ったんだよ」
「言われなくてもわかる」
彼女は、プリントの端を綺麗に切り離して正方形にし、折り紙をつくってなにやら作っていた。
「それで、どっち?」
「好きな人、の定義によるかな。単純に好きな人なら沢山いる」
「定義、か。それは、恋人にしたいと思う人、かな」
「それは……私には、まだわからない」
「わからない?」
「そう。好感を持てる人はいる。……だからといって、恋人にしたいか、といわれると違う」
「なるほど」
僕は、彼女のこういった、正直にごまかさないで、聞かれたことの本音を答えられるところを、良い、と思っていた。彼女は誰にどんな質問をされたとしても、感じたとおりに本音で答える人だった。良い意味でも悪い意味でも、全く忖度をしない。でもそれは、社会で上手く生きていくルールからしてみれば、とても的外れな存在だった。
だから、彼女の周りには人がいなかった。それでも僕は、彼女に興味を持っている。
彼女は正しい、とどこかで感じている。建前ばかりを放っている他の人間とは違う存在なのだ、と。
「参考になった?」
「少しは」
彼女は、いつの間にか折り鶴を完成させていた。ふいに立ち上がって、窓を開けると、その鶴を、空に向かって飛ばせるように投げた。その鶴は飛んでは行かず、螺旋を描くように落ちていく。
「皮肉ね、鶴なのに飛べないって」
彼女は呟いた後、こちらを向いて、問いかけた。
「君にとって私はどんな存在なの?」
瞬間、風が強く吹いて、彼女の長い髪を揺らす。
その人間らしさにかけた、どこか神々しさすら感じる彼女をみて、僕は自覚した。
彼女に対するこの感情は、
“信仰”であると――。
この想いの名前は。 桜坂 透 @_sakurazaka
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