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仕方なくネットカフェに泊まることにした。できる限り家から遠ざかりたかったので、3つほど先の駅の店を利用した。
仕切りの中に毛布と枕を引き込むと、ふとピリッと足首が痛んだ。今まで、怪我をしていたのを忘れていたのだ。幸いハンカチがあったのでその部分を拭った。血はもうほとんど止まっていた。
朝にはパンが無料でいただけた。寝れるだろうかと心配になったが、以外とあっさりと寝れてしまった。私はつかれていたんだろう、そう思いながら食べる、その素朴なパンがとてつもなくおいしく感じた。
「おはようございます」私はオフィスに入るとそう言った。隼人と部長が既に来ていた。二人が「おはよう!」と偶然声をあわせて言ってきたので思わず笑顔になった。
「よし、今日はそこの定食屋でもいこう」
昼休み、隼人は私に言った。うん、いいよと私は答える。
「仲ええな、二人は」部長はそう言うと微笑んできた。
「たまには部長もどうですか?」私は訊いてみた。
「いや、今日も弁当だ。かかあは意地でも弁当作って寄越してくるからね。たまには君らとのご飯もいいかなあと思うけどね。弁当には頭が下がらんの」そう言うと部長は丁寧に弁当を開けていた。すると、突然部長は驚いた顔をした。
「どうしたんすか」隼人がそう言うと、私と一緒に部長の弁当を覗く。
そこには5千円札と、白い紙に「たまには先輩らしいことせえや」と書かれたものが入っていた。
「決まりっすね」隼人は財布とスマホをポケットに突っ込むと、先陣をきってオフィスを出ていった。
「と、言うことです」私は部長に言った。
「おもろい弁当だな、今日は」そう言うと部長は「行ってくる!」とオフィスに叫んだ。
隼人は唐揚げ定食にうどんと言う例のごとくボリューミーな注文をした。私は親子丼、部長は鴨そばをそれぞれ注文した。
「いただきます」隼人がそう言うと、部長と私がバラバラとそれに合わせた。
「全く君はお調子者だな。いや、悪い意味でなく」部長が言う。
「へへ、それほどでも」
「それは調子乗ってるって言うんだよ」私がいうと、隼人は「酷いなあ」と呟いた。
部長が最初にご飯をたいらげると、トイレに行ってくると一体席を外した。するとすかさず隼人が「かなちゃん」と私を呼んだ。
「え?」
「まあ、あれだ。念のために言うけどさ。間違っても私が払いますなんて言うなよ?」
「なんで?」素朴な疑問だったので尋ねる。
「……。今日は部長が奢るって言うんだ。その気持ちを曲げてまで私が払いますだなんて言わなくていいだろ?俺らはご馳走さまでしたって言って礼すりゃ良いんだ」
「……そんなもの?」
「そんなもんだ」そう言うと隼人は「その代わり、しっかり感謝する。なんか旅でも行ったら土産でも持ってく」そう言うと隼人は行こうかと言った。向こうから部長が戻ってきていた。
仕事が終わると、隼人は唐突に私を呼び止めた。
「今晩、空いてる?」そう訊ねてきた。めったに彼はそんなことは言わないし、晩御飯を誘われたとしても私は親のこともあり断ってきたから、びっくりした。
だが、もう私は意を喫した。しばらく帰らないでみようと、勝手にそう決めてしまったのだ。だから今日は親の夕飯など考えない。だから素直な気持ちで言った。
「空いているよ」そう微笑むと、彼は「よかった」といって胸を撫で下ろした。
繁華街の屋上に観覧車のあるビルでタクシーを降りると、隼人はこっちだこっちだと言いながらビルの三階へ着いた。そこには焼鳥屋があった。
「うん。隼人といるとなんか食べてばっかな気がする」
「1日三食なだけじゃん」そう言うと彼は焼鳥屋へ催促してきた。仕方ないので、私は店に足を踏み込んだ。
「なんだ、かなちゃん、結構酒飲むんだ」会計を割り勘で済ませると、真っ赤になった隼人はそう言いながら焼鳥屋を出た。
「隼人が弱いんだよ。無理しなきゃ良いのに」そう言いながら私は彼の肩を手で支えてやった。
「いいよ、大丈夫だよ。それより、ねえかなちゃん。屋上に行かないか」彼は突然そう言った。
「え?」
「二人で観覧車乗ろう?」
「え?いやなにそれ突然?!そんな流れこれ?」私は唐突な話題に思わずテンパってしまった。しかし、隼人が「まあ、なんだ。話があるんだ」とかいって結局ごり押しされることとなった。
屋上には観覧車待ちの4、5組の列が出来ていた。どれもカップルであったから、思わず「隼人、これ勘違いされるよ」と囁いた。
「勘違いもなにもみんな自分達の世界に没頭して街明かりも消え、周りが真っ暗になってるはずさ。気にするな」と通常ボリュームで返してきた
すると前にいた2組ほどがいやそうな顔で後ろを振り向いてきた。
「シャラップ!」私は右手で隼人の口を塞いだ。
あっという間に順番は回ってきた。どうぞ、とおじさんが言った。私が素早くそこに乗り込むと、向かい側に隼人が乗った。そして、「ごゆっくりどうぞ」の掛け声と共に扉が閉められた。密室空間のなか、私は隼人と二人きりになった。
少しずつ空へ上がって行くなかで、私は言葉もなく地元を見下ろす。見慣れた景色のはずなのに、なにか不思議だと思った。そう言えば、ここ数年、私は夜のこの街を見たことが無かったのだ。
「綺麗」私はポツリと呟いた。すると隼人は「まあ、悪くはないなあ」とぶっきらぼうに言った。
「乗り悪いね」私がそう言うと、隼人は少し下を向いた。そしてポツリと言った。
「かなちゃん」
「なに?」
「右足首を見せて」
そして彼は顔を上げた。
私はぞくりとした。なぜわかった?足元を見る。確かに八分丈のズボンだった。なのに何故?そして、そんなサグリを何故いれてきたのだろうか?
「え、なに。変態?」
「違うわ!……おまえ、やっぱり怪我してるだろ?右足。かなちゃん、今朝からなんかへんだなあと思ってたんだよ。無駄に明るいというか、リミッターが外れたというかさ。そんなこと思ってる傍ら、部長が囁いてきたんだよ。『今日なんか神奈川さん変じゃないか?足をずっとかばってるようで、なんか痛そうにしてるのに、ひたむきに隠そうとしている』って。それで思ったんだよ。やっぱりなんかあったんだろ」
そう言って彼は私を睨む。何故そこまで分かったんだろう?不思議だと言う感情が沸き上がっていたが、それより、なんか誤魔化そうという気持ちが先走った。
「昨日さ、包丁を足元に落としてしまってさ。それが足首を掠めたんだ」そう言うと、自傷だよ、といって笑って見せた。しかし、隼人は釈然としない様子だった。
だが彼は、それ以上訊ねようとはしてこなかった。観覧車は下降を始め、地面が近づいてきていた。
そんな矢先、ポケットのスマホがブルッとなった。メールのようだった。それを開いてみると、正直、予想だにしなかったことが書いてあった
『母です。今日はスパゲッティがいいかな』
私はできる限り顔色を変えないように、返信もせずスマホをポケットに戻した。そして「隼人」と呼んだ。
「どうした?」隼人は少し油断していたようで、ちょっとたじろぎながら返答した。
「明日は土曜日だよね」そう言って彼を見つめた
「ん、まあ」
「ちょっとさ、この後付き合ってよ」そう言うと隼人は、驚きと同時に、少し笑顔を作って返答した。
「それなら、俺にも付き合ってくれよ?」
「もちろん」
そう言うと、観覧車の扉が開いた。なんだか、ものすごく長い間であったような気がした。
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