12 ふわふわ

「お前、使い魔は使わないのか」

 先生が言った。使い魔というのは魔女の手足となって働く動物だ。動物の使役には動物を愛する人々からの反対なども出ていて、少しずつではあるけれど、難しい魔法になっている。魔女が滅び行きそうな理由は色々あるけれど、時代と合わなくなってきたというところが何より大きい。

「先生はリスでしたよね」

「ああそうだ。動物に興味がなかったものだから庭にいたあいつを使い魔にした。今はその時々での短期契約しか結んでいない」

 昔から飼っている猫や鳥を使役するといったパターンが多いが、あいにくわたしは動物とは縁がない。

「犬は大体誰かのうちのこですよね。猫は自由猫もいますけど、わたし得意じゃないし。コウモリとは生活時間が合わなそうだしそうだなあ」

 そういえば母は何を使っていたのだろう。思い浮かんだその問いをわたしは即座に言葉にすることができなかった。先生との会話に母の名前を出すことが躊躇われて、そんな自分に戸惑う。わたしの思いの変化だけで世界が色を変えていく。意味を変えていく。わだかまりなどないはずの母との関係が曇っていく。

「使役しない魔法使いもいる。必ずではないが、もしもお前が使いたいならその指導もするが?」

 先生が会話を進めてくれても、わたしは戸惑いの中で立ち止まっていた。思いの変化が印象を変える、それはあって然るべきことだけれど、こういうことではない方がいい。わたしは思い切って先生に尋ねた。

「あの、母は何を使役していたんですか?」

「アンヌか。家には何もいなかったのか」

「はい」

「亀だ」

「亀?」

「望んだ動物とうまく契約を結べなくてね。で、亀になった」

 そう言って先生が話してくれたのは母の意外な一面だった。

「あいつは最初は猫を選んだ。ところが猫に嫌われた。犬にも鳥にも嫌われた。なんでだと思う?」

 母はアクの強い人だったから嫌う人は多いだろうけれど、それだけの動物に軒並み嫌われる理由というのはわかりにくい。

「五月蠅いからですか?」

「それがお前のアンヌの評価か。そうかあいつは五月蠅い母親だったか」

「そういう話はしてません」

 五月蠅くて、乱暴で、人の気持ちなどお構いなしで。言葉にするといいとこなしだが、わたしは母が好きだった。母親としては不出来な人に思えたけれど、いつでも真っ直ぐで、後悔なんて知らないようで。親子であるのにそうではないわたしにとって、時々まぶしくもあった。

「アンヌが動物に嫌われたのは、触りすぎるからだ」

「触りすぎるから」

「そう特にふわふわもふもふした動物。過剰に触りたがって嫌われていたよ」

 確かに母は外で犬や猫を見かけるたび駆け寄って抱き上げていた。山羊や羊などの家畜ですら愛おしそうに撫でていた。

「それで、どうして亀なんです?」

「亀はふわふわしていないだろう」

 つまり母は、気持ちが良くてつい撫でてしまう動物とは使役関係をうまく結べずに、どうにか亀に落ち着いたというわけだ。

 そういえばとふと思い出す。母はわたしの髪を結うのが好きだった。おろそかにしている家事や仕事がたくさんある中、それだけは毎日きちんとしてくれた。あれはわたしのためでもあるけれど、母のためでもあったのだろうか。大切な思い出に色が着く。思いの変化が印象を変えるならこういう風がいい。

 それにしても、亀だ。

「亀はちょっと想定外です。亀も可愛いでしょうけど、どうせ使役するならもう少し色々と手伝ってくれそうな動物がいいです」

 わたしの言葉に先生は少し考えてそれからこう言った。

「なるほど。それなら鳥などどうだ?」

「鳥ですか」

「メテ先生が鳥を大量に使役していたおかげでこの家にはたくさん鳥に纏わるものがある。今度屋根裏へ案内しよう」

 鳥は嫌いではない。使い魔、魔女の道具。ときには友人となるもの。新しい出会いの予感にわたしの胸は躍った。

 

 

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