11 栞

 居間の本棚には魔法に関する文献が多く、自由に読んでいいことになっている。本を読むのは嫌いじゃない。ここにある本もだいぶ読み進め、残ったのは難しい本ばかりになってしまった。読むのに時間がかかりそうだが、難しいものになればなるほど装丁が豪華になっていくので楽しみでもある。今回気になった本は、焦げ茶の表紙に金の箔押しが美しい。椅子に座って膝掛けをし、傍らにはティーポット入りの紅茶とクッキー。すっかり用意を調えて読み進めていくことしばし、栞が挟まっているのを見つけた。栞からはとても弱いが魔法の匂いがしたが、わたしはあこの匂いを知っている。よく知った、懐かしい匂いだ。

「おや本か。熱心だな」

「先生お帰りなさい」

 突然投げかけられた声に振り返ると帰宅したばかりの先生がいた。マントにまとわりついた雪が外の寒さを感じさせる。先生は手袋を外しながらまっすぐこちらに近づいてくると、テーブルの上にちょこんと置かれたクッキーをつまんだ。

「ほう、ずいぶん難しいものを読んでいるな」

「読むのは好きだし得意なんです。載ってる魔法が難しくても、使えなくても、本だけだったら簡単です」

「相違ない。おや」

 先生の手が栞へと伸びた。黙っているのがなぜか後ろめたい気がしてわたしは自ら先生に尋ねる。

「その栞、母の匂いがしませんか?」

「そうだな。これはアンヌの栞だ。ユンデ先生とメテ先生がくれたんだ。アンヌにはこの花の模様。私には鳥の模様。なんの贈り物かは忘れてしまったが、大切な栞だ。それにしてもあいつが本を読むという文化を持ち合わせていたとは。読書をする姿なんぞついぞ見かけなかったが」

 感情が高ぶると先生はいつもより言葉が多くなる。表情はさほど変わらなくとも、先生が懐かしい気持ちで満たされているのがわかった。先生と母。喧嘩別れしているうちに母が死んでそれっきり。最初はただただ母を嫌っているのかと思っていたけれど、先生が母を思い出すたび、アンヌアンヌと憎らしげに呼ぶたび、段々と嫌いなだけではない何かがあるのではないかと思うようになっていた。心底嫌いだったら名前も呼びたくないだろう。わたしは先生と母、二人の間に流れるものがどんな色でどんな温度か、気になって仕方なかった。

「先生、栞どうします?」

 尋ねるとすぐに、先生は栞を本の上に返した。

「元の頁に挟んでおいてくれ」

 そう言って居間をあとにした。


 栞を戻し、本を棚に返しながらふと思う。先生にとって母は、挟まったまんまの栞のようなものなのかもしれない。日々という物語を振り返ろうとするとどうしてもそこを無視することのできない大きな栞。わたしは母がうらやましい。わたしより先に先生に出会い、ことあるごとに思い出してもらえるのだから。

 先生は間違いなく、わたしの人生に挟まった大切な栞だ。わたしもいつか、先生の栞になれますように。


 

 

 

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