09 一つ星

 いつもは昼まで起きないレイ先生が朝食前に居間にいた。

「先生おはようございます。今日は早いんですね。依頼でしたっけ?」

 仕事用のカレンダーには予定はひとつも書かれていない。

「いや、今日は仕事とは別なんだが。依頼、そうだな依頼かもしれない。お前もついてくるといい」

「朝ごはんは?」

「いただこう」

 わたしは昨日から仕込んでいたフレンチトーストをバターたっぷりのフライパンで焼き上げた。先生が起きてくるとは思わなかったものだから半分こする。その代わり、あり合わせのきのことベーコンで温野菜のサラダを作った。この季節はもう生野菜だと身体が冷えてしまうからできるだけ火を通すようにしている。

 次々とテーブルに並ぶ朝食をこともなげに見ているが、先生はこう見えて甘党だ。粉砂糖たっぷりのフレンチトーストに興味をひかれぬはずがない。

「今日は星を配達に行く」

「星を?」

「毎年この時期に届けている」

 説明にはあまりにも足りない言葉だけ投げたあと、次から次へと朝食を勢いよく口の中へと放り込む。少なめとはいえあっという間に平らげた。

「ごちそうさま。準備してくる」

 相変わらず食事の感想はなかったが、空っぽの皿が何より多くを物語っていた。


「こんな森の奥に住んでる人がいるんですね」

「人? 人がいるのか?」

 つまり人はいないし、いまから会いに行く相手は人ではないということだ。

 木々を避けながら歩くような高さで、歩くような早さで、箒の乗って静かに森を進んだ。森には幾度か訪れたが、ここまで奥に入りこんだことはない。降り積もった雪の上には動物のものと思しき小さな足跡が残されてはいるが、人が踏み入った形跡はない。

「ここだな」

 ひときわ大きな木の前で先生は箒を止めた。見上げることしばし、木の上から何かが駆け下り先生の肩へと飛び乗った。小さくて、茶色くて、尻尾がとても大きくて。よく見るとリスだ。

「可愛い」

「こいつは昔、使い魔を頼んでいたリスの子だ。使い魔の方は何年か前に寿命で死んでしまったが」

 そう言いながら先生は鞄の中から大きな星を取り出し、ひときわ大きな木の隣、形の良い木のてっぺんにその星を飾った。

「わあ、クリスマスツリーですね」

 先生が星に魔法をかけると星は厳かに光りだす。やがてその光に導かれるように、ツリーの周りには様々な動物達が集まりだした。先生はリスを木の枝に返すと人差し指を一本唇の前に立て、わたしに沈黙を守らせる。動物たちを驚かせないための配慮だろうか。言葉を交わさぬままわたしたちは静かにその場をあとにした。

 それから五分は経っただろうか。先生がぽつぽつと自ら語り始めた。

「あのリスの母親が私のはじめての使い魔だった。魔女見習いのころから使役していた古馴染みだ。当時うちの庭の木にも星や飾りをつけてクリスマスツリーにしていたんだが、あいつはそれが好きだった」

「その方のご依頼なんですか?」

「あいつは言葉を話せないから、話したことは一度もない。言うなれば全て私の思い込みだ。特に執着を持たないリスだったのに、クリスマスツリーだけは特別だった。暇さえあればずっと眺めていた。初めての使い魔で何もしてやれなかったからな。星を置いた木、あれはあいつの墓なんだが、弔いとしてやっている。直接依頼はされていないが私にとっては依頼なんだ」

 わたしはあのリスの子供に自分の姿を見ていた。あの子もわたしも先生が触れあった昔馴染みの落とし子だ。そういうものを当たり前のように抱え込んでしまう先生の無意識の優しさに、わたしは救われここにいる。

「それは大切な依頼ですね。来年もきっとお供します」

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