08 幸運
「幸運の青い鳥をお求めの客がいたとしよう。幸せになれるのならいくらでも出すと言う。だが青い鳥は、とある事情で羽が白くなってしまった。いわば元青い鳥だがこの鳥は正真正銘、幸運の鳥だ。一方、同じカゴに青い色をした鳥もいるが、それは青いだけの普通の鳥だ。お前ならどうする?」
「どうするもなにも、正直に言います」
今日はいつもと少々変わった授業を受けていた。接客技術についてだ。魔女の仕事は依頼ありき、必ず何者かと関わるところから始まる。お客様とのやりとりありきだからこそ必要な技術ということは理解できるが、愛想のないレイ先生と接客という言葉がどうにも結びつかない。
「なるほどお前らしいな。だがそうすると客はこう言うんだ。本当ですか?と」
「本当ですと言います」
「本当に本当? 嘘ではなくて? 本当はその青い鳥が幸運の青い鳥であなたは私にそのなんてことない売れ残りの白い鳥を売りつけたいだけなのではなくて?」
お客様の素振りで話し始めたレイ先生はずいぶんと楽しそうだ。淀みなく演じる。過去にそんな風情のお客様でもいたのだろうか。
「そんなことないですよ。先ほど説明した通りです」
上手い対応ではないことはなんとなく察していても、返事に相応しい言葉が思い浮かばない。更に畳みかけるように先生は続ける。
「あなたの言葉を信用してよいのかしら?」
「ええと。あの。先生、もう無理ですよ。信用してくださらない方に使える言葉なんてありません」
「そうだ」
追い詰められたわたしに肩すかしのような思いがけない返事。先ほどまで性格に難ありの裕福な奥様風情だったのに、すっかりいつものレイ先生に戻っていた。
「どういうことですか?」
「信用してくれない相手に使える言葉などない。何を言っても無駄だ」
なるほどと思いながらも、これは接客業務の授業だったのではなかったかと思い出す。わたしの思っていた接客技術はお客様を怒らせない方法を学んだり、感じの良い言葉や態度を学ぶ、そんなイメージだった。どうやらそれとは少々路線が異なるらしい。
「信じてもらえなければなんだって一緒だ。疑いは真実すら覆す。真実というのはあまりに脆い」
極めて好意的に解釈すると、信頼を築けということなのかもしれない。
「接客で大切なのは信頼ということですか」
「どこを読み取ったらそうなるんだ?」
「先生、難しすぎます」
思いがけない返答の連続。それが先生の授業の面白いところだ。わたしと先生が違う存在だということを思い知らせてくれる。翻弄されて戸惑うけれど、だからこそ興味が尽きない。
「私なら最初から何も言わずに幸福の鳥でもなんでもない、青いだけの鳥を売るよ。ただし購入が決定した途端、すぐさま客が幸運だと思えることを起こす。魔法があればなんてことはない。例えばわざと雨を降らせて客が出て行くタイミングで止ませたりする。するとお客はその鳥が幸運を招いたと信じるんだ。そのあと起きた幸せは全て青いだけの鳥のおかげということになる。青いだけの鳥はやがて、本当の青い鳥となる」
「青い鳥は作れるってことですか」
「お前、上手いこと言うな」
「でも先生。それはちょっと誠実ではないような」
世間的には詐欺と言われる部類のもののような気がしたが、先生の態度に後ろめたさは微塵も感じない。いつも通りの堂々とした風情だ。
「客が欲しいのはその鳥が幸運を運んでくれるかもしれないという希望だ。希望を預けるには信頼が最も重要な鍵となる。ならば私が売るべきはわかりやすい信頼だ。幸運を運ぶと信頼できる鳥を売ればいい。信じるものはすくわれる、そういうことだ」
信じるものはすくわれる。それは果たして救われるなのか、(足下を)掬われるなのか。接客技術の授業はわたしの想像とはかなりかけ離れたところで終着した。
「だけど先生。わたしはそれでも本当のことを知らせたいです」
それは先生と同じようにはできないわたしなりのこの授業への回答だ。レイ先生は少々考えて、それからわたしに向き直り答える。
「その方がお前らしいな。お前の思う魔女になれ」
わたしの思う魔女。今はまだ輪郭すら持たない未来だが、隣に先生がいてくれたらと思う。二人でずっと、箒を並べて飛んでいたい。
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