07 秋は夕暮れ
「明日には帰る」
朝、レイ先生の後ろ姿が青空にとけてしまうまで見送った。遠いところで仕事のようで、まだはやく飛べないわたしを伴うわけにはいかないらしい。
明日までわたしはひとりきり。そう思うと心が躍った。先生の不在が嬉しいわけではない。「いつもとは違う」というただそれだけのことが、楽しみで仕方なかった。
おいそれとはできないような大がかりな掃除や洗濯をしてしまおうと思い、シーツや毛布を洗った。それから窓をピカピカに磨く。お台所も整理し直そう。あれやこれや済ませて時計を見るとまだお昼前。自分の有能さに驚く。
お昼は自分のためだけにオムレツを焼いた。先生と森で見つけたきのことホーレン草をバターで炒めたものをくるりとくるむ。いつもであれば先生の好きなクリームソースをかけるのだが、面倒で今日は止めた。そういう日があってもいいだろう。
食事を終え後片付けを済ませると、今度は魔法の勉強をする。ここに来てから先生に教わった魔法の振り返りをした。火球は相変わらずカイロ程度の温かさ、雪ウサギの代わりに木彫りのリスを動かそうとしてみたらぴくりとも動かない。そういえばわたしの書いた葉っぱの手紙の願いは叶うのだろうか。叶って欲しい。先生には幸せになって欲しい。あの無表情が崩れて笑ってくれるその瞬間がたまらなく好きだから。
魔法の勉強はそれほど長く続かなかった。ひとりで学ぶ時間はなかなかに退屈で、先生のいつも授業と比較してしまうばかりだった。
さて次は何をしよう。ここまで頑張ってきた疲れが出てきたのか庭の掃除をするほどの元気はない。何をしたらいいのかわからなくなってソファに横たわった。いつもであればそろそろお茶の時間だ。どんなお菓子を出すのか考え、相性のいい飲み物を選び、先生と過ごす時間。一日の中でも一番二番を争うくらいに好きな時間だというのに、今日はどうにも億劫でたまらない。こんなことは初めてだった。この調子ではきっと、夕飯もままならないだろう。
ぼんやりしていると窓から夕日が差し込んできた。橙に染まる美しい空。そういえば秋、この家に引っ越して来た日も空は限りなく美しい夕焼けだった。夕暮れ時、先生と二人で箒を揃えてくぐり抜けたあの空の色をきっとわたしは忘れない。あの日からわたしは夕暮れ時がたまらなく好きだ。この時間が、好きだ。
午後からの実りのない時間を振り返りながら、夕暮れにつられあの日の気持ちを思いだしていた。ここへ来る道すがらわたしは密かに誓ったのだ。先生とこうして箒を揃えて飛べる日々を大切にしようと。
母は死んだ。死んでしまえばそこでおしまい、思い出だけが残るのだ。ならば先生との毎日を丁寧に過ごそう。思い出は綺麗な方がいい。
「だけど、うん。今日はいいのかな」
午後からの自分の行いを後悔するのは、ここまで頑張ってこれたからこそだ。先生の不在にすっかり調子を狂わされてしまったけれど、これまでの日々を大切にできていた証拠とも言える。わたしはしっかりやってこれた。だから1日くらいお休みしたって罪はない。
カーテンを閉めてランプを灯す。それからテーブルに夕飯代わりのお菓子を用意した。今夜は好きな本を読もう。ブランケットに包まりソファーに転がり何冊の本を読んだのだろう。わたしはいつしか物語に吸い込まれるように眠りについた。
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